前だろう、私が「作品」という雑誌に「枯淡の風格を排す」という一文を書いて、徳田秋声先生をコキ下したところ、先輩に対する礼を知らない奴であるとフンガイしたのが尾崎士郎で、竹村書房を介して、私に決闘を申しこんできた。場所は帝大の御殿山。景色がいゝや。彼は新派だ。元より私は快諾し、指定の時刻に出かけて行くと、先ず酒を飲もうと飲むほどに、上野より浅草へ、吉原は土手の馬肉屋、遂に夜が明け、又、昼になり、かくて私は家へ帰ると、血を吐いた。惨又惨。私は尾崎士郎の決闘に打ち負かされた次第である。
 先輩に対する礼を知らん奴だ、という。全く小説書きは馬鹿げたことを言う。長脇差みたいなことを言う。ソクラテスをやっつけると、プラトンだのアリストテレスがコン棒もって御殿山へ乗り込むのさ。先日太宰治をひやかしたら、彼は口惜しがって、然し、あんたは先輩だから、カンベンしてやる、と仰有《おっしゃ》った。全く愉快千万。小説書きという奴は、かくの如くトンチンカンで、妙チキリンに古風で、首尾一貫していない。トンマなことばかり喋っているので、だから、書くものだけを読むのさ。本人は魂のぬけがらだ。

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