も私は決して深夜に豊島さんを叩き起さないのは、生命にかゝわるからで、先生はガバと起き、碁盤をもちだし、私がどんなに疲れていても、夜が明け、日が暮れるまで、かんべんしてくれないことが分りきっているからである。
牧野信一は真夜中に中戸川吉二を叩き起して、中戸川に絶交を申し渡されたことがあったが、私は真夜中に叩き起されて怒る人はきらいだ。尾崎士郎はこの正月、原子バクダンなる猛酒(伊東産、ブタノールという奴)に前後不覚になって、折から伊東の旅館に疎開中の幸田露伴先生を叩き起し、先ず踊りを披露に及んだのち、日本で一番偉い小説書きは露伴先生及びかく申す拙者であると太鼓バンを捺して証明に及んで帰ってきて、翌日恐縮して嘆くこと嘆くこと。然し、嘆くなかれ。それでよろしい。露伴先生は大人物だから、深夜に叩き起されて駄ボラを吹かれて怒る筈はない。露伴先生は後日訪れた人に向って、尾崎士郎という先生は猫をかぶっているという話だが、元々猫ではないか。してみると、虎をかぶっているとすると、虎かな、と言ったそうだ。愉快々々。
僕が尾崎士郎先生とどういう因果で友達になったかというと、今から凡そ十年、いや二十年ぐらい
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