さういふものに限定されてゐることを、あるときは満たされもしたが、あるときは悲しんだ。みたされた心は、いつも、小さい。小さくて、悲しいのだ。
 女は果物が好きであつた。季節々々の果物を皿にのせて、まるで、常に果物を食べつづけてゐるやうな感じであつた。食慾をそそられる様子でもあつたが、妙に貪食を感じさせないアッサリした食べ方で、この女の淫蕩の在り方を非常に感じさせるのであつた。それも私には美しかつた。
 この女から淫蕩をとりのぞくと、この女は私にとつて何物でもなくなるのだといふことが、だんだん分りかけてきた。この女が美しいのは淫蕩のせいだ。すべてが気まぐれな美しさだつた。
 然し、女は自分の淫蕩を怖れてもゐた。それに比べれば、私は私の淫蕩を怖れてはゐなかつた。ただ、私は、女ほど、実際の淫蕩に耽らなかつただけのことだ。
「私は悪い女ね」
「さう思つてゐるのか」
「よい女になりたいのよ」
「よい女とは、どういふ女のことだへ」
 女の顔に怒りが走つた。そして、泣きさうになつた。
「あなたはどう思つてゐるのよ。私が憎いの? 私と別れるつもり? そして、あたりまへの奥さんを貰ひたいのでせう」
「君自
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