そのたよりなさが不愉快であつた。然し私はさういふ私自身の考へに就ても、疑らずにゐられなかつた。私は女の不貞を咒つてゐるのか、不貞の根柢がたよりないといふことを咒つてゐるのだらうか。もしも女がたよりない浮気の仕方をしなくなれば、女の不貞を咒はずにゐられるであらうか、と。私は然し女の浮気の根柢がたよりないといふことで怒る以外に仕方がなかつた。なぜなら、私自身が御同様、浮気の虫に憑かれた男であつたから。
「死んでちやうだい。一しよに」
私に怒られると、女は言ふのが常であつた。死ぬ以外に、自分の浮気はどうにもすることができないのだといふことを本能的に叫んでゐる声であつた。女は死にたがつてはゐないのだ。然し、死ぬ以外に浮気はどうにもならないといふ叫びには、切実な真実があつた。この女のからだは嘘のからだ、虚しいむくろであるやうに、この女の叫びは嘘ッパチでも、嘘自体が真実よりも真実だといふことを、私は妙に考へるやうになつた。
「あなたは嘘つきでないから、いけない人なのよ」
「いや、僕は嘘つきだよ。ただ、本当と嘘とが別々だから、いけないのだ」
「もつと、スレッカラシになりなさいよ」
女は憎しみをこめて私を見つめた。けれども、うなだれた。それから、又、顔を上げて、食ひつくやうな、こはばつた顔になつた。
「あなたが私の魂を高めてくれなければ誰が高めてくれるの」
「虫のいいことを言ふものぢやないよ」
「虫のいいことつて、何よ」
「自分のことは、自分でする以外に仕方がないものだ。僕は僕のことだけで、いつぱいだよ。君は君のことだけで、いつぱいになるがいいぢやないか」
「ぢや、あなたは、私の路傍の人なのね」
「誰でも、さ。誰の魂でも、路傍でない魂なんて、あるものか。夫婦は一心同体だなんて、馬鹿も休み休み言ふがいいや」
「なによ。私のからだになぜさはるのよ。あつちへ行つてよ」
「いやだ。夫婦とは、かういふものなんだ。魂が別々でも、肉体の遊びだけがあるのだから」
「いや。何をするのよ。もう、いや。絶対に、いや」
「さうは言はせぬ」
「いやだつたら」
女は憤然として私の腕の中からとびだした。衣服がさけて、だらしなく、肩が現はれてゐた。
女の顔は怒りのために、こめかみに青い筋がビク/\してゐた。
「あなたは私のからだを金で買つてゐるのね。わづかばかりの金で、娼婦を買ふ金の十分の一にも当らない安
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