私は然しその一瞬の幻覚のあまりの美しさに、さめやらぬ思ひであつた。私は女の姿の消えて無くなることを欲してゐるのではない。私は私の肉慾に溺れ、女の肉体を愛してゐたから、女の消えてなくなることを希つたためしはなかつた。
私は谷底のやうな大きな暗緑色のくぼみを深めてわき起り、一瞬にしぶきの奥に女を隠した水のたわむれの大きさに目を打たれた。女の無感動な、ただ柔軟な肉体よりも、もつと無慈悲な、もつと無感動な、もつと柔軟な肉体を見た。ひろびろと、なんと壮大なたわむれだらうと私は思つた。
私の肉慾も、あの海のうねりにまかれたい。あの波にうたれて、くゞりたいと思つた。私は海をだきしめて、私の肉慾がみたされてくればよいと思つた。私は肉慾の小ささが悲しかつた。
底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸 第四巻第一号」
1947(昭和22)年1月1日発行
初出:「文芸 第四巻第一号」
1947(昭和22)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年5月5日作成
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