ところへ女の下駄がスッ飛ばされているぜ。じゃア、女もひかれているのかな」
 どうやら明るくなり、かなり人々が群れていた。そのとき、下駄を見つけた男がトンキョウな叫びをあげたのである。
「ヤ、女の屍体を見つけたぞ。ドブの中へハネ飛ばされていやがら。鼻だけ出していやがら。アレ。生きてるんじゃないかな。水の中へ沈まないように、手で支えていやがるぜ」
 大急ぎで、その場へ駈け寄ったのは和尚であった。
 彼はムンズと襟をつかんで、水の中から、ひきぬいた。ソノ子である。ソノ子は目をあけた。
「ハハア。さては、死んだふりをしていたな。見届けたぞ」
 和尚は思わず大声で叫んだ。
 頭の毛がスッポリ抜けているのである。そのほかには、どこにも怪我がないようだ。毛の抜けたハズミにドブへころがり落ちたのか、人の気配に、ソットドブへ身を沈めたのか、わからない。
 けれども、和尚には一つの情景が目に見えるようであった。一緒に死ぬと見せて、髪の毛だけしか轢かせなかったソノ子の手練のたしかさ。これが十八の初陣とは、末恐しい話である。
 和尚は突然亢奮した。
「このアマめ。キサマ、死ぬと見せて、男だけ殺したな。はじめから、死ぬる気持がなかったのだな、悪党めが!」
 和尚はソノ子を投げ落すと、うしろをまくりあげて、ズロースをひきはいだ。まッしろなお尻が現れた。
「これだ。これだ。このヤツだ」
 和尚は気違いのようだった。お尻をきりもなくヒッパタいているのである。巡査が和尚を遠ざけるのに一苦労したのである。
 和尚の行動は、人々には、疑惑をまねかずにすんだ。ソノ子の死んだ父親が果すべきセッカンを、和尚が代ってやったゞけのことだと思われたからである。
 和尚は然し、一つの闘争でもあったのだろう。そのくせ、和尚はそれによって一向に救われなかった。
 結論として云えば、吾吉の亡魂がかねての宿願を果してソノ子を坊主頭にしたという一つの成就があるだけであった。
 髪の毛は一年もたてば生えるものだ。ソノ子は全然こまらなかった。そして、もう、これから先は心中などせずに、ウスノロを徹底的にしぼッて苦しめてやろうと決心したゞけのことであった。



底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物」
   1949(昭和24)年9月1日発行
初出:「オール読物」
   1949(昭和24)年9月1日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング