キミはボクを愛してくれているんだろう」
 と、男は心配して、きいた。
「吾吉とアナタじゃ違うわ。アナタは好きよ」
「そうか」
 男は考えこんだ。
「しかし、みんな打ちあけると、キミはボクがキライになるんじゃないのかな」
「そんなことないわ。私、男の人が好きになったのはアナタがはじめてだわ。だから、すてないでね」
 男は又、考えこんだ。
「じゃア、思いきって、言ってやれ。もう、思いきって、言ってしまうほかに手がなくなったんだ。ボクは今日にも自殺するほかには手がなくなったんだ」
「アラ、そんなこと、ある筈ないじゃないの」
「キミには、わからないことさ。ボクは吾吉氏と同じ境遇なんだよ。わかったかい。出張なんて、デタラメさ。会社の金を使いこんで逃げ廻っていたんだよ。盗んだ金も、なくなったんだ。ボクは強盗して生きのびるほどの度胸はないから、死ぬよりほかに仕方がない。旅先でも、死場所を探していたのだが、ズルズル東京へ戻ってきてしまったのさ。ただキミが一緒に死んでくれるかどうか、それが不安で、今まで生きてきたゞけだよ」
「私だって、アナタが死んでしまえば、生きているハリアイがないわ」
 ソノ子はこんなに気が弱くなったことはなかった。まだ、十八の小娘なのである。そのときまで毛頭思いもよらなかった死というものに、にわかに引きこまれるような気持になった。彼女は急に男が可哀そうで、いとしくなったのである。
 たぶん吾吉の境遇との暗合のせいであろう。十八という年齢が、それをうけとめるだけスレていなかったのである。ソノ子はむしろ自分から飛びこむような激しい思いになった。
「私だってパンスケなんかして、生きていたくないわ。だけど、パンスケ以外に、生きる道がないわね。アナタが死ぬなら、私も死ぬわ」
 男はポロポロなきだした。ほかに表現がなかったのである。それほど思いつめていたのであった。
 ソノ子も心がきまると、死に旅立つことが却って希望にみちているような張りがわき起った。彼女は男を残して、髪結屋へ行き、桃割れに結ってもらった。いっぺん、桃割れに結ってみたいと夢にまで見て、果したことがなかったからである。
 たくさん御馳走をこしらえて、弟や妹も一緒に最後の食事をたのしんだ。ソノ子は髪がくずれることを怖れたので、男の最後の要求も拒絶して、枕に頭をつけず、夜更けまで坐り通していた。
「まるで、ボクやボクたちの愛情よりも、桃割れの方が大切みたいじゃないか」
 男はソノ子に恨みを云った。
「そんなこと言うのは、アナタに愛情がないせいよ。もう、ほかのことは忘れて、死ぬことばかり考えましょうよ」
「そうか。そうだ。キミはきっと聖処女なんだ」
 男は後悔し、感激して、又、泣き沈んだ。そして二人は、夜の明け方、まだまッくらな中を冷い朝風をあびて、すぐお寺の横を走っている鉄道線路へ並んでねた。
「胴体が真ッ二つじゃ汚らしくッてイヤだから」
 と、かねて相談の通り、胴体から足は土堤の方へ、クビだけを線路の上へのせたのである。
 ソノ子が怖くなったのは、その時からであった。
「さむい。だいて」
 ソノ子は男に接吻した。そして、立っている男と女が接吻する時のように、巧みに顔をひいて、男には悟らせずにクビの位置をひッこめた。そして男の顔へ、上から唇を押しあてた。
 一番列車がやってきたのは、その時だ。ソノ子は唇をはなして、自分も線路を枕にするフリをして身を倒したが、彼女の頭は線路をハミでゝ、たゞ桃割れが乗ッかっていたゞけであった。

          ★

「裏の線路に自殺があったから、ひとつ、回向してやって下さいな」
 と町内の者に叩き起されて、和尚は線路へあがってみた。
 死んでいるのは男だ。クビがキレイに切断されて、胴体はひかれた位置に、全然とりみだした跡がなく残っているのである。
 クビだけ十間ほどコロコロころがったらしく、サラシ首のように、枕木の上にチャンと立っているのである。大きな目の玉をむいている。おまけに、自分をひいた汽車を見送ったように、行く先の方をマッスグ睨んでいるのであった。ちッとも取り乱したところがない。
「行儀がいゝねえ。このマグロは、自分をひいてくれた汽車に、御苦労様てんで、挨拶しようてえ心意気なんだな。ユイショある血筋の若ザムライかも知れないよ」
「ハテナ」
 和尚はクビを見つめた。
「アッ。あの男だ」
 押入れの中に隠れていた男なのである。さては、とうとう、やりやがったか。死ぬ奴は吾吉一人じゃないわよ、と言いやがったが、お尻の復讐の二人目が成就したのである。
「オーイ。こんなところに、女のマゲがスッ飛んできていやがるよ。このマゲは桃割れだ。頭のツケ根からスッポリ抜けてきたんだね」
 一人が離れたところで、こう叫ぶ声がきこえた。
「そういえば、ここん
前へ 次へ
全6ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング