、官兵衛は知らぬ顔の官兵衛で、ハイ、ドウ/\馬を走らせてゐるばかり。もとより秀吉は万人の心理を見ぬく天才だ。逃げる者の姿を見れば人は追ふ。光秀と苦戦をすれば、毛利の悔いはかきたてられ、燃えあがる。人質が燃えた火を消しとめる力になるか。燃えた火はもはや消されぬ。燃えぬ先、水をまけ。まだしも、いくらか脈はある。之も賭博だ。否々。光秀との一戦。天下浮沈の大賭博が今彼らの宿命そのものではないか。
アッハッハ。人質か。よからう。返してやれ。秀吉は高らかに笑つた。だが、カサ頭は食へない奴だ。頭から爪先まで策略で出来た奴だ、と、要心の心が生れた。官兵衛は馬を並べて走り、高らかな哄笑、ヒヤリと妖気を覚えて、シマッタと思つた。
山崎の合戦には秀吉も死を賭した。俺が死んだら、と言つて、楽天家も死後の指図を残したほど、思ひつめてもゐたし、張りきつてもゐたのだ。
ところが兵庫へ到着し、愈々決戦近しといふので、山上へ馬を走らせ山下の軍容を一望に眺めてみると、奇妙である。先頭の陣に、毛利と浮田の旗が数十|旒《りゅう》、風に吹き流れてゐるではないか。毛利と浮田はたつた今和睦してきたばかり、援兵を頼んだ覚えはな
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