自分自身の創造を見出す以外に生存の原理がないといふことを彼らは知つてゐる。自己の発見、創造、戦争も亦芸術で、之のみが天才の道だ。家康は同盟といふボロ縄で敢て己れを縛り、己れの理知を縛り、突き放されたところに自己の発見と創造を賭けた。之は常に天才のみが選び得る火花の道。さうして彼は見事に負けた。生きてゐたのが不思議であつた。
大敗北、味方はバラ/\に斬りくづされ、入り乱れ前後も分らぬ苦戦であるが、家康は阿修羅であつた。家康が危くなると家来が駈けつけて之を助け、家来の急を見ると、家康が血刀ふりかぶり助けるために一散に駈けた。夏目次郎左衛門が之を見て眼血走り歯がみをした。大将が雑兵を助けてどうなさる、目に涙をため、家康の馬の轡《くつわ》を浜松の方にグイと向けて、槍の柄で力一杯馬の尻を殴りつけ、追ひせまる敵を突落して討死をとげた。
逃げる家康は総勢五騎であつた。敵が後にせまるたびに自ら馬上にふりむいて、弓によつて打ち落した。顔も鎧も血で真ッ赤、やうやく浜松の城に辿りつき、門をしめるな、開け放しておけ、庭中に篝《かがり》をたけ、言ひすてゝ奥の間に入り、久野といふ女房に給仕をさせて茶漬を三杯、
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