と請願に及んだが秀吉は許さぬ。アッハッハ、ビッコ奴、要心深い奴だ、困らしてやれ。然し、又、実際秀吉は如水の智恵がまだ必要でもあつたのだ。四十の隠居は奇ッ怪千万、秀吉はかうあしらひ、人を介して何回となく頼んでみたが、秀吉は許してくれぬ。ところが、如水も執拗だ。倅の長政が人質の時、政所《まんどころ》の愛顧を蒙つた。石田三成が淀君党で、之に対する政所派といふ大名があり、長政などは政所派の重鎮、さういふ深い縁があるから、政所の手を通して執念深く願ひでる。執念の根比べでは如水に勝つ者はめつたにゐない。秀吉も折れて、四十そこ/\の若さなのだから、隠居して楽をするつもりなら許してやらぬ。返事はどうぢや。申すまでもありませぬ。私が隠居致しますのは子を思ふ一念からで、隠居して身軽になれば日夜伺候し、益々御奉公の考へです。厭になるほど律儀であるから、秀吉も苦笑して、その言葉を忘れるな、よし、許してやる。そこで黒田如水といふ初老の隠居が出来上つた。天正十七年、小田原攻めの前年で、如水は四十四であつた。
ある日のこと、秀吉から茶の湯の招待を受けた。如水は野人気質であるから、茶の湯を甚だ嫌つてゐた。狭い席に無
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