手へ渡れば、あいつは何をやり出すのか知れたものではないのだから」
そして凡太が困惑して、返事も出来ずにゐるうちに、彼は煙草に火をつけて、屈託もなくパクパクと煙を浮かせながら歩いてゐた。来る路に、龍然が残骸をねせたあの曲路《かあぶ》でも、二人は休まずに通りすぎた。もう明るい太陽が、それでも尚朝の潤ひを帯びて、張りつめるやう山一杯にかんかんと照り、二人を汗にぐつしより濡らした。停車場へ着いて暫くすると乗合自動車も後から来て、由良は大きな行李を抱えながら待合所へ崩れ込んだ。その時の疲労で喉が塞がるもののやうに粧ほひながら、わざとはあはあ[#「はあはあ」に傍点]と大息をして、実は空虚な白い気持で喋る気にもならぬのを、笑ひ顔で胡魔化してゐたが、笑ひ顔もひとりでに収まると、放心した顔を窓の外へぢつと見やつて、坐らうとさへしなかつた。三人は劇しく退屈して暗い顔を互に背《そむ》け合つてゐたが、誰が言ひだすともなくただ時々、夜の幾時に上野へ着く筈だね、もう東京も寝る頃であらうね、なぞといふ空虚な言葉を交し合つたりした。
汽車がついた。汽車に乗ると、由良はもう劇しく泣きはぢめてゐた。
「達者でありたま
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