、沈鬱な過程《ぷろせす》が感ぜられた。橄欖寺の裏手から墓地を抜けると、杉並木の嶮しい間道がものの四五丁もして、やがて鬱蒼と山毛欅《ぶな》の林に囲まれた金比羅大明神へ続くのであつた。歩いて行く先々《さきざき》にぷつんと杜切れる虫の音は、その突然の空虚《むなしさ》で凡太の心をおびやかして、その激しい無音状態がむしろうるさく堪えがたい饒舌に思はれてくる、なぜかと言へば自分自身の精神が湧く波の如く饒舌なものになりはぢめるから。零れ落ちる月明を頼りに、やうやく山毛欅のこんもりとした金比羅山の麓まで辿りつくと、それらしい燈火は何一つとして洩れて来なかつたが、ごやごやした人群の喚声が、葉越《はごし》に近くききとれた。その山へ差しかかつてはぢめて、かなり劇しく喘へぎ出した由良を助けながら、境内の平地へ一足かけてぬつと頭をつき出すと、群れてゐる群集の分量とは逆に、点つてゐる提灯の燈りは思ひがけないほど乏しい数だつた。ぼんやりと浮かび出てゐる薄ら赤い明りから人群の大部分はむしろはみ出しており、外側からは無論見えない樽太鼓を中に、村の衆は男女を問はず広い花笠に紅色の襷をかけて、唄ともつかぬ盆唄を祈祷のやうに
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