「実はね、おききしたいことがあるのだが、例の和服に袴をはいた若い先生がその後ここへ来なかったかね」
「そんな奴は来ないよ」
 と娘はブッキラボーに答えた。
「来たと思うんだが……」
「来ないと云ったら来ないんだ。逆らうわけでもあるのかい。いまごろセーターをとりに来たってありやしないよ。あきらめて、早くおかえり。かえれよ」
「それは失礼した。いくらだね」
「茶代もいれて三十円」
「十円の値上げだな」
「二度とくるな」
 まるでもう丸太ン棒のような文句で叩き出されてしまったのである。ミコや占いという品格ある客商売もやってるそうだがそのときはどの種の言葉遣いを用いるのかと、野村はそぞろ興を催したほどであった。
 野村は娘に横溢している陰鬱な殺気が気がかりになった。もしも木戸が再びここを訪れてその第一感にからまる疑惑を明らかにした場合、そしてその疑惑が的を射たものであった場合、木戸の運命がどういうことになるかと考えてみたのである。
 そこで野村はその足で木戸の対局を主催した新聞社の支局を訪れ、その間の事情について心当りになるような出来事がなかったか尋ねてみた。
「その対局はいつでしたか」

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