戻ったよ」
と娘教祖は帰宅の挨拶に木戸の額に平手打をくらわせて、
「さ、お前はこッちへおあがり。お前を煮て食うとは云わないよ。なーに。これは普通のことでね。毎日ではないが、よくやることさ。昨日はひどかった。お前が帰ったあとでさ。薪ザッポウくらわしてやったよ。顔にはケガはさせないがね。お前にくだらないことを喋りちらしやがったからさ。オレは見とおしさ。みんな耳にきこえてくる。顔にもちゃんと書いてあるのがお前たちには判らないだけさ。お前はそこに坐って見ていなさい」
野村を指定席に坐らせておいて、娘教祖は木戸の前に立った。
「ほら。ほら。ほら。ほらしょウ」
木戸の頸に手を当てがって人形の首のように柱にがくがく叩きつけた。
「ほらしょ。ほら。ほら」
次に左右から両頬へ平手うち。木戸は目をとじて、歯をくいしばり、時々呻きをもらすだけ。
「目をあいて、オレを見な。オレの目を見な。お前の性根はくさっているぞ。お前の魂はまだ将棋指しの泥沼からぬけていないよ。人間は自然の子だ。カボチャや大根と同じものだぞ。ちっとも偉いことない。まだ、わからないか。このガキ!」
チョイとアゴを押して、ゴツンと頭を柱にぶつけさせた。なるほど、気のせいか、手荒という感じがしない。しかし、とにかく怪力である。チョイと押されてコツンと後頭をぶつだけでも痛そうであるが、いかにも愛情のこもった感じに見えてきたからフシギである。これが母親の愛情か、たしかに、どことなくなつかしいようなオモムキもあるなと野村は感心したのであった。娘教祖は木戸のいましめを解いてやって、
「むかしの仲間だ。ゆっくり話し合うがよい。オレに気兼ね遠慮するな。ウソをつくのは、なお悪いぞ。思うように語りあうのが何よりだ。その間にオレがイモでも煮てやるからな」
と土間へ降りてガチャ/\やりはじめた。
まことに自然で、人生の深処に達した風格が感ぜられる様であった。
「よくできとるじゃないか。どうも、お見それしたな。オレも先祖の大婆サンに会ってるような気がしてきたよ」
野村はシャッポをぬいだ気持であった。
「まったくですよ。彼女は第一印象や尊大な外観とは反対に、凄みや妖怪的なところは実際はないのですよ。彼女が病気のオヤジサンを大八車に荒ナワでしばりつけて坂道を大いに荒っぽく手心しながらガッタンゴットンひきずり降したことだって、要するにただ
前へ
次へ
全15ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング