「昨年十月の六七日です」
「さっそく調査して御返事しましょう」
翌日、電話で返事がとどいた。
「茶店のオヤジサンは対局の翌日病死しておりますね」
「他殺ではないのですか」
「いえ、明らかに病死です。医者の証明がありますから。その医者は警察医でもありますから、まちがいはありません。娘が病気の父親を大八車につんで、まだ夜明け前に医者へ連れてきたそうです。そのときはまだ息があったそうですが、病院へかつぎこまれて五分か十分で死んだそうです。つまり、あなたが御覧になった戸締りの家は、その留守中に当るわけです。十月八日の出来事ですから。次に木戸六段の件ですが、茶店の娘は現在若い男と同棲しているそうです。この男の姓名はどこへ問い合わせても不明でしたが、この土地の者でないことは確実です。木戸六段と関係があるかどうかは知りませんが、同棲はオヤジサンの死後の出来事で、ちょッとインテリ風、都会風の二十一二の青年だというのです。もっとも、この人物が将棋をさしたかどうか誰も知っておりませんがともかく茶店の娘と若い男との交渉でいままでに私の方に判明したのは以上のことだけです」
木戸が娘の顔に読んだ四五桂の謎は狂っていたのである。しかし、とにかくその日人が死んでいたことは当っていたのだ。野村はちょッと神秘的なものを感じて、木戸のために祝福したい気持になった。
「娘と同棲している若い男は、木戸かも知れない」
野村はそう考えた。木戸が再び茶店を訪れた際に、狙いの謎は外れていたが、人死にだけは当っていたと判った場合に、同棲というコースをたどると仮定するのはやや無理筋に類しているが、人生、意外はつきものだ。とにかくその男を一見してみなければ気持がおさまらなくなったのである。娘の荒々しいのにはヘキエキだが、オヤジの死が娘の手によるものでない限りはオレのイノチも無事だろうと野村は心をきめて出発した。
山上へ登りきると、うまいぐあいに裏手の畑で働いている男の姿を認めた。彼のセーターをきて野良をたがやしているのである。茶店の前をよけて畑へまわり、男の前へ立ってみると、まさしく木戸ではないか。木戸は彼を認めると、落ちつきはらって、笑った。さすがに勝負師のずぶとさであった。
「きのうお見えの噂をうけたまわっておりましたよ。よくわかりましたね」
「キミの奥方のカンバセにボクも四五桂を読んだのでね。もしやという
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