前後に「作品」といふ雑誌に書いたもので、いままで、ある事情から単行本にすることのなかつたものだ。私にとつては、あのころは忘れられない時代であつた。
 あの頃は大森のアパートの一室に、息をこらすやうにして棲んでゐた。あのころ、あの一室で私の頭に燃焼させてゐたドロドロした想念、観念、まるでとりとめのない明滅のなかで私はそのどろどろの理念観念にしめ殺されさうで、それがやがて、そのコントンの星雲やうのものから、ともかく一つの体系を形づくるやうになつて今日の私が生れてきた。
 あのどろどろの星雲やうなものから、ともかくあの頃は苦渋にみちた、何か、贋物の文字の塔をきづきあげて、私はその虚しさを呪ひつづけてゐたものだ。それが、これらの作品なのだ。これらの小説は、つくりもの、贋物であるのだらうか。私には分らない。ともかく、しかし、あのどろどろの星雲やうの体系以前の乱雑混濁からの、ゆがんだシボリカスであつたのだ。
 文学としての愛着でなしに、私の流された血の一滴として、私には、せつなく、なつかしい小説であるが、然し、見るのも、いやなのだ。私は目をつぶつて読まずにゐたい。ただ私の汚らしい血のシミにすぎない
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