飛び出してゐる。歩く時には腰が曲つてゐないのだが先づ一服といふ時には海老のやうにちゞんでしまふ。部屋にぐつたり坐つてゐるとき、例へば煙草だとか、煙管だとか、同じ部屋の中のものを取りに行く時が特にひどくて、立上つて、歩いて行くといふことがない。必ず這つて行くのである。這ひながら、うゝ、うゝ、うゝ、と唸つて行く。品物を取りあげると、今度はそのまゝ尻の方を先にして元の場所へ這ひ戻るのだが、やつぱり、うゝ、うゝ、うゝ、と唸りで調子をとりながら戻つてくるのだ。年中帯をだらしなく巻き、電車の踏切のあたりで、垂れかけた帯をしめ直し、トラホームの目をこすり、ついでに袖の先で洟《はな》をこすつてゐるのだ。
 世の常の結婚ではないのである。世の常の結婚でないとすれば、この二人が、どのやうにして結ばれたのであらうか。多少の恋心といふものがなくて、あの女がどうして一緒になる筈があらう。けれども、二人の結婚について、僕は殆んど知つてゐない。訊いてもみなかつたのだ。たゞ、問はず語りに訊いたところでは、主婦は昔どこか売店の売子をしてゐて、親爺がこれに熱をあげて、口説き落したのだと言ふ。売子の頃はいくつぐらゐだつたの
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