っては四五日泊りこむことになるでしょうから、明日はそのつもりで出社して下さい。九時の汽車にのるから、八時半までに出社して下さいね」
正宗菊松は、なすところを失ってしまったのである。ボウゼンとしているうちに、彼の入社は確定的なものとなっていた。すると、それからの二時間あまり、彼は続々と更に甚しい屈辱を蒙らなければならなかった。
「オイ、そのドタ靴じゃア、天草商事の重役とふれこんだって、マにうけてくれないよ。ネクタイも色が変っているじゃないか。ちょッと、上衣をぬがせてごらん」
天草次郎は残酷であった。正宗菊松の全身に鋭い目をくばって、情け容赦もなく、冷酷無慙に云い放った。半平がすぐ立上って、スルスルと駈けより、手をかして、彼のモーニングの上衣とチョッキをぬがせた。
「そんなヨレ/\のワイシャツじゃア、新円階級に見えるものか。オイ、シャツは。シャツだって、どういうハズミで人目にさらす場合がないとも限らないさ。なんだい、ツギハギだらけじゃないか。そんなんじゃア、サルマタだって、大方、きまってらアな。吋《インチ》をはかって、一揃い、女の子に買ってこらせろ。オット、待て。帽子を見せろ。アレアレ
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