の歴史の先生かア。じゃア、あなた、柴野ッてヨタモンみたいな奴、知ってるだろ? いま銀座でダンスの教師やってやがら」
薄笑いをうかべて呟いたが、それから、眉をよせて、真剣らしい顔付になった。
「歴史の先生じゃア、あなた、ソロバンは、できないでしょう。うちじゃア、実直な会計係がいるんですけどね。歴史じゃアねえ。前職が先生ッてのは、まア、いゝんだけど」
すると、まんなかの社長席の青二才が、上から下まで彼をジロ/\ながめていたが、
「なア、オイ、雑誌の編輯の方は、どうだい? 例のマニ教の訪問記だよ。この人なら、もぐりこめやしないか。おい、みろよ、モーニング、ヒゲもあら。使えるじゃないか」
「なーる」
先刻の青年は合槌《あいづち》をうち、感にたえたかニヤリとした。三人の青年が、にわかに好奇の目をかゞやかして、彼の風采を上から下まで眺めはじめたのである。彼はまだ一言も喋らなかった。
ぶるぶると恐怖の胴ぶるいが走ったのは、そもそも、この時がはじまりであった。彼の平凡な一生に於て、こんな謎深い恐怖にかられたことはこの時まではなかった。
「ウン、いゝね。これは、いゝや」
青年はこう判定を下して
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