と清酒一樽を取り揃えて待っていた。半平が正宗菊松にささやいた。
「あの男が雲隠才蔵《くもがくれさいぞう》さ。わが社|名題《なだい》のヤミの天才なんだよ。アイツが一人居りゃ、米だって酒だって自由自在さ。ボクたち寝ころんでいるうちに、みんな手筈をとゝのえてくれるよ。然し、今日は、やっぱりキミの秘書の一人だからね」
やっぱり二十四五のチンピラであった。見たところニコニコと、能なしの坊ッちゃんみたいな顔である。
一風呂あびて、昼食。正宗菊松が七八年見たこともない珍味佳肴の数々。然し、ゆっくり味あうこともなく、自動車がきました、という。あわてゝモーニングに威儀を正して玄関へ降りる。半平、才蔵、坊介の面々、すでに米俵や酒樽などを車中に持ちこんで、待っていた。
箱根底倉の藤原伯爵別邸がマニ教の仮本殿となっているのである。自動車がスルスルと動きだして、わずかに二分と走らぬうちに、とある門構えの前にとまる。才蔵が駈け降りて門番に交渉すると、大門がサッとひらいた。大新聞も、ニュース映画社も、大雑誌社も、かたく閉したこの門内へふみこむことができなかったという難攻不落のアカズの門。なんの面倒もなくサッと
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