介が女の子から水をもらってガブ/\呑んでいるうちに、半平は朱筆を握り、原稿用紙に大きな字をかきなぐる。
「当商事常務取締役正宗菊松氏につき問い合せの電話ありたる時は、当人は目下秘書三名をつれて旅行中と答えて下さい」
 正宗菊松という名前のところへ二重マルをつけた。署名して印を捺し、交換台の上へはりつけた。
「会社を一足でたら、外は敵地だと思わなきゃいけないからね。いゝかい。間宮クンは秘書だから、醤油ダルとその包みを持ちたまえ」
「フツカヨイのオレにムリだよ。秘書は箱根へついてからでタクサンだ」
「いけないよ」
 半平は冷めたく云った。イタズラ小僧のように薄笑いをうかべていたが、その言葉は刃物のように冷めたかった。正宗菊松は自分が斬られたようにゾッとして、気の毒なフツカヨイの男を見やった。すると半平の冷たい声が、今度は彼に斬りつけてきた。
「正宗クンは天草商事の重役だからね。かりにもカシャクしちゃいけないよ。旅行中はそうなんだ。坊介クンは秘書、ボクは息子、近藤クンは娘、平山クンは女秘書、いゝかい。それが仕事なんだよ。社の命令によって、そうなんだから、だからね。いゝかい。一・二・三。今から
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