い」
 天草次郎は車中から怒り声をたゝきつけた。
「ヘエ。まいど、アリ」
 サルトルはニコヤカに見送った。

   その八 サルトルと才蔵同盟のこと

「青二才に値切り倒されて、ふざけるな。貴様ア、それでいいつもりなら、オレに顔の立つようにやってみろ。顔をつぶしやがったら、そのまゝじゃアおかねえぞ」
「ヘエ。顔でざんすか。これは、どうも、いけねえな。顔はつぶれるかも知れませんねえ」
 サルトルはクスリと大胆不敵な笑みをうかべて、まぶしそうに長範社長を見つめた。
「ショウバイはすべからく金銭の問題で、顔なんざ二ツ三ツつぶしておいた方が気楽なんだがなア。もうけりゃ、いゝじゃありませんか」
「よろし。その言葉を忘れるな。顔の立つだけ、もうけてこい」
「ヘエ。もうけてきやす」
 サルトルはニコヤカに一礼する。自信満々たる様子。不可測の才略は長範もよく心得ているから、奴めがあゝ言うからは委せておいて不安はなかろう。内々ホッと一息。
 その場には敵方の雲隠才蔵も居合わすことだから、余計なことは云わない方がよい。一同は底倉へ帰る。ひとり敵の手中に取りのこされた才蔵は、味方の奴らが恨めしく、くやしくて堪らない。
「なア、おい。ウチの社長もアンマリじゃないか。オレだけ、ひとりぽっち箱根へおいてかれちゃ、骨ばなれンなっちまわア」
 いっしょに箱根東京間トラックにゆられた仲だから、こうサルトルに訴えたが、ニコヤカに笑みをふくむだけで、とりあわない。
「チェッ。いゝ若いものが、御忠勤づらしてやがら」
 才蔵めヤキモチをやいて、ふてくされ、仕方なしに、ひとり明暗荘へ。石川組はタチバナ屋へとひきとった。
 カンシャクもちの長範は才蔵の姿の消えるまでがもどかしく、しかし親分の貫禄で、はやる胸をグッとおさえて一風呂あびてくる心労のほどは小人物にはわからない。
「サルトル。キサマ、さっき大きなことを云ったが、オレの欲しいのは材木の売ったり買ったりじゃアないぞ。売ったり買ったりぐらいなら、マーケットのアロハでもできるんだ。手金だけ、もらってこい。それがオレのビジネスだ」
「へえ。アタシはハナから材木なんぞ扱いませんので。材木の話をいたしましたのは、あの場の顔つなぎだけのことで」
 サルトルは涼しいものである。ツと立って、長範の耳に口をよせて、何事かボシャ/\/\とさゝやく。
「ふうむ。ふてえ奴だ」
「いえ」
 サルトルはニコヤカに笑みをたたえているだけである。いかなる秘計をうちあけたか、わからない。
 日の暮方、サルトルは雲隠才蔵をよびだして、
「雲さんや。主人持ちは、つらいねえ。どうだい。一旗あげたいと思わないか」
「チェッ。おだてるない。お前みたいな忠勤ヅラはアイソがつきてるんだ。今さら、つきあえるかい」
「そこが主人持ちのあさましいところだよ。オヌシもポツネンと山奥の宿へおいてけぼりで、なんとなくパッとしないな」
「胸に一物あってのことよ。忠勤ヅラは見ていられねえや」
「さあ。そこだよ。どうだい、兄弟。ここんところで、石川組と天草商事を手玉にとってみようじゃないか」
「兄弟だって云やがらア。薄気味のわるい野郎じゃないか」
「アッハッハ。ノガミの浮浪者が、こんな出会いで集団強盗をくみやがるのさ。しかし、河内山《こうちやま》もこんなものだろうよ。ところが、アタシの考えは、もっと大きい」
 サルトルは才蔵の耳に口をあてゝ、ボシャ/\/\とさゝやいた。
「どうだい。ちょッとシャレていると思わないかい。雲さんや」
「よせやい。箱根で雲さんなんて、雲助みたいで、よくねえや」
「このあとには、オマケの余興があるのだよ。正宗菊松をオトリに、マニ教をたぶらかす手がある。お金をほしがる亡者ほど、お金をせしめ易いものだな。これが金の報いだな」
「石川長範はウスノロかも知れないが、天草次郎は一筋縄じゃいかねえや」
「ハハハア」
 サルトルはアゴをなでて笑っている。
 雲隠才蔵も考えた。たしかにサルトルはたゞ者ではない。天草次郎は冷血ムザン、腹にすえかねた仕打ちをうけたのは今度に限ったことではない。ムホン気は充分そだっているけれども、敵は名だたる今様妖術使いで、残念ながら歯が立たない。つらつら打ち見たところ、サルトルは胆略そなわり、慈愛もあり、底の知れないところがある。おまけにウスノロのところもあるから、利用するだけ利用して、まんまとせしめてやるのも面白かろう。だましてやるには手ごろの勇み肌のニューフェースなのである。才蔵はこう肚をきめて、
「じゃア、それで、いってみようじゃないか。オレは退屈しているんだ」
「明日、むかえにくるぜ」
 サルトルは一万円の札束を無造作につかみだして握らせて、
「悪い病気をもらうなよ」
 と、ニコヤカに行ってしまった。
 翌朝、才蔵をむかえにきて長範の
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