レのやり方は万事そうだ。一言ピタリ。それだけだぞ。オレがかほどの安値で売りを急ぐのは、ワケがあるからじゃ、そこを見て、これをチャンスと知るのは利巧者。オヌシらが材木を知り、正しい商道を知っとるなら、この驚くべきチャンスがわかるはずだぞ」
 作業場へつく。そこから現場の技術家が同乗して、山々を一周し、時々車を降りてこまかく説明する。作業場から下の鉄道駅まで立派な道路をきりひらいて、砂利もしき、ヌカルミにならないように充分手も加えてあるが、今やトロッコも敷設中で、八割まで出来あがっている。
「どうだ。オレの材木が安値のわけが分ったろう。このトロッコが出来あがると、今までの苦労が報われるのだ。これまでの苦闘はなみたいていではなかったぞ。男はそれを言わんものだ。ハッハ。石川組のあるところ、作業は常に活気横溢しとる」
 この親分、アストラカンをかぶっている。胸をそらしてキゲンよく葉巻をくゆらす。金の握りのステッキで地面をコツコツつく。
 天草次郎は時々時計を見ている。それにつりこまれるように織田光秀も腕時計をのぞく。どうやら半平まで腕の時計を気にしているようだ。
「オヌシの返事をきこうじゃないか。驚異的な安値が納得できないかな」
「マア、損はないかも知れないね」
 と、天草次郎は気のない返事をした。
「オレは商売になると思うが、光秀の考えはどうだい」
「そうだなア。金庫をあずかるボクとしちゃア、どう返事をしていゝか分らないが、マア、山師とか水商売じみた取引きはやって貰わない方が安心ですね。もっともボクは材木のことは知らないから、この取引きの実際の評価はできませんがね」
「ボクも材木のことは知らないけど、相場よりも安ければ買っていゝわけだね。今後の値下りがなければね。何商品でも、そうだろうねえ。そうじゃないの」
 と半平は言葉をついで、
「徳川産業だの豊臣製薬だの藤原工業なんかじゃア工場をたてたがっているんだし、ボクンちも三四ヵ所工場がほしいところだもの、さしあたり、材木のハケ口は足りないぐらいじゃないかしら。製材会社をつくってもいゝや。今のところ石川組程度の輸送能力じゃア、ボクの目の黒いうちは、滞貨はないと思いますねえ。ハッハッハ」
 半平の大言壮語は真偽のほどが不得要領そのものである。
「じゃア、当分は芝浦の敷地へ材木をつんでもらうか。才蔵。芝浦の敷地の所番地と地図を書いておけ」
「ヘエ」
 才蔵は手帳をさいて地図をかいた。。
「よかろう。話がきまって、結構だ。熊蔵、契約書の用意をしろ。それから手金のことは、昨日才蔵に伝えた通りだが、残金は毎月四百五十万円ずつ、四ヵ月間で支払ってもらう」
「それはムリですよ。ねえ」
 と、半平が口をひらいた。
「契約書なんて、いけませんよ。ボクらレッキとした商事会社ですけど、仕事の性質上、ボクらの商法は結局ヤミ取引きでしょう。ボクらはヤミを一つの信用として扱っていますよ。ボクらにとっては合法的なことは罪悪なんです。合法的なことは、我々の世代に於ては、卑屈で、又、卑怯者のやることですね。ボクらは合法的な卑屈さを排して、相互の人格を尊重し合うところから出発しているのです。アプレゲールなんですよ。わかるでしょう」
「止せよ。お前の屁理窟はキリがなくッて、やりきれねえ」
 と、天草次郎はイラ/\と制した。
「契約書や手金なんか、止そう。最も明確簡単に商売をやろうよ。オレたち、それ以外の取引はしたことがないのだから現物が届いたら、その分だけの支払いをするのだね」
 長範は、はやる胸をグッと抑えて、
「ナニ、現物引換えだと。それぐらいなら、一区劃いくらで売るものか。相場なみだが、それでいゝのか」
「相場なみなら、わざ/\ここで買うまでもないことだね。六万五千石、三千万円という話だったが、六万石三千万円の割合なら、何万石一時に着いても現金で買いとるね」
「バカな。まとめて買い、手金を打つと仮定して、格安に割引してあるのが分らんか。六万石三千万円の割合なら、日本国中の製材所が買いに殺到してくるぞ」
「どうせ、こんなことだろうと思ったな。まア、食焔会の消化薬だと思えばよかろう。オレたちは約束の時間があるから、アレレ、急がないと遅れてしまう。才蔵。お前は明暗荘へ戻って正宗の出るのを待っとれ、近日中に出るように、はからってやる」
「アレッ。社長。いけねえ。いけませんよ」
 才蔵を残して三羽ガラスが自動車の方に走り去ろうとする。
「エエ。ちょッと」
 と、ニコヤカに制したのが、サルトル。
「エエ、つかぬことを伺いますが、いくらの値段で買いますか。四万石三千万円の割合はいかゞで。いけません。ハア。四万五千石三千万円。いゝ値ですな。ハア。いけませんか。五万石三千万円。これじゃア、元も子もない。ハア、これならよろしい?」
「よろし
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