奴もある。ハサミウチではゼヒもない。門に立ちはだかる白衣の人垣を泣きほろめいて掻きわけるところを、ムンズと襟クビつかまえられ、腕をとられ、イケドリになってしまった。
「助けてくれーエ、オーイ。ヒッヒッヒ」
 泣いたって仕様がない。敵は総大将をイケドリにしたと思っているからひとまず安心して、正宗菊松を手とり足とり引きずりこんで、門を閉してしまった。白河半平はエヘラ/\とそれを見送っている。まさしく知らぬ顔の半兵衛であった。
「わるく思うなよ。あとで月給あげてやらア」
 半平は閉じられた門に向って、チュッとキッスをなげてやった。
 一同は任務を果して大満足。明暗荘でひと風呂あびて、昼酒の乾杯である。
「正宗の奴、ないていたぜ。オケラみたいな手つきで、人垣をわけて出ようたって、ムリだよ、なア。頭で突きとばして出りゃ良かったのさ。なんべん泣いたか知れないねえ。ヒイヒイヒイなんて、むせび泣いていやがんだもの。泣いたり、オネショもたれたり、ずいぶん水気の多いジイサンなんだね」
「アア、まずまず、オレの仕事はすみました。これから東京へ帰って、現像がオタノシミだよ。ツルちゃん。ビールビンに二本ばかり酒をつめてもらってきておくれ。汽車の中で飲みながら帰るからね。それから、ツルちゃんは護身用に一しょにきておくれ。オレのカラダはかまわないけど、ライカが紛失しちゃ、それまでだからな」
 ライカが今回の主役だから、坊介は気が大きい。このときでなければ威張られないのである。半平もゼヒなくニヤリとうなずいて、
「ウン。じゃア、まア、ボクたち、一しょに帰ろうよ。ボクたちも、さっそく記事をつくらなきゃア、いけないからね。才蔵クンだけ残って、正宗クンを連れて帰っておくれよ、ね」
「おい、よせよ。オレひとり残るなんて、そんなの、ないよ」
「だって、ボクたち、記事をかいて雑誌をつくらなきゃ、いけないからさ。一足先にきて仕度してくれたキミだから、あとの始末もつけてくれるのがキミのツトメなんだよ。悪く思うなよ」
「よせやい。一人ションボリ居残って、あんなネションベンジジイを待ってる手があるもんか。そうじゃないか。ねえ、ノブちゃん」
「だって、可哀そうよ。魂をぬかれちゃって。戻ってきて、誰かいてやんなきゃ」
「だからさ。オレひとりッてのが、おかしいじゃないか」
「よせやい。テメエひとりでタクサンだい。二人ッて柄じゃねえや。あのジイサン、神殿でネションベンたれて、魂をぬきあげられて帰ってくるに相違ないから、いたわってやんなよ」
 誰ひとり才蔵の味方になってくれる者がない。才蔵をのこして、一同は意気たからかにガイセンした。
 才蔵は無念でたまらない。深く恨みを結んだ。よろしい、畜生め、どいつも、こいつも、今にギョッと云わせてくれるから、と、湯につかって策戦をねった。何がさて子供の時から目から鼻へぬける男、三国志の地へ出征して、つぶさに実力をみがいてきました。魂をぬきあげられた正宗菊松をあやつって、天草商事をテンヤワンヤにしてくれようと怖しいことを考えた。

   その六 怪社長の出現と天草次郎出陣のこと

 正宗菊松はマニ教神殿に監禁されて、二日二晩すぎても戻って来ない。三日目に妙な使者が現れた。
「えゝ、始めてでござんす。天草商事の秘書のお方でござんすか」
 見たところ二十四五、雲隠才蔵と同じ年恰好であるが、白衣の使者とちがうようだ。最新型の背広に赤ネクタイ、眉目秀麗の青年であるが、なんとなくフテブテしく尋常ならぬ凄みがある。此奴《こいつ》めタダ者にはあらずと、才蔵はヌカリなく見てとった。
「ボク雲隠才蔵ですが、で、あなたは?」
「ほかのお方は、どうなさいましたか」
「報告のため東京へ戻りまして、今はボク一人ですが、何か御用ですか」
「アタシはこういう者ですが」
 と差出した名刺を見ると、石川組渉外部長、サルトル・サスケ、とある。
「石川組と仰有《おっしゃ》いますと」
「実は社長からの使いの者でざんすが、こゝに社長の名刺を持参してざんす」
 これを見ると、国際愛国土木建築、石川組社長、石川|長範《ちょうはん》。ズッシリと百円札ほど重みのこもった名刺であった。こういう名刺をいたゞくと、いくらか涼味がさすけれども、心ウキウキとするものではない。
「で、御用件は?」
「そこのタチバナ屋が社長の常宿なんですが、ちょっと御足労ねがいたいので。話は社長から直々あるだろうと存じやす」
 薄気味のわるい相手だが、何とかなろうという才覚には自信があるから、腹をきめると、わるびれない。サスケの後について、でかけた。とは云うものゝ、マニ教の霊力よりも石川組のメリケンの方が魂を手ッとり早く抜きとる実力があるだろうから、才蔵も内心はなはだしく安らかではなかった。
 案内された部屋は、渓谷に面した特別
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