や。凄味のアンチャンがニコヤカに全然喋らねえんだから、薄気味悪いったら、ねえんだもの。寝ションベンじいさんだの材木なんか元々ボクに関係のないことだから、箱根へ戻るのは、もうイヤですよ。行くもんじゃねえや」
天草次郎は両の手に頭をのせ、イスにもたれて考えていたが、織田光秀に向って、
「キミは材木、いくらで買う」
「マア、三十万ですね」
天草次郎は大儀そうに苦笑して、
「オレは、タダだ。サルトル氏をつれてこい」
と雲隠才蔵に命じた。
サルトルが現れる。天草次郎、織田光秀、白河半平の三羽ガラスを才蔵が紹介する。
「ボクたちは毎月一回東京をはなれて食焔会《しょくえんかい》というものをやってるが、大いに食い、気焔をあげる会だね。疲れが直るな、明日の晩、小田原でやろうじゃないか。明日の夕方、底倉へ電話でお伝えするが、石川さんに差しつかえなかったら、遊びにでむいていたゞきたい」
「ヘエ」
サルトルは無口であるからニコヤカに笑みを浮べて、あとは相手の言葉を待っている。天草次郎ときては、必要以上は喋ったことがないし、つくり笑いもしたことがない。クルリとデスクに向って、書類をとりあげて仕事をはじめる。呼吸のそろっている三羽ガラス、調子のよい白河半平が、
「では明晩、小田原の食焔会へいらして下さい。お待ちしていますよ」
と、いとニコヤカにサルトルを送りだす。毎月一回の食焔会など、そんなものは有りゃしないが、彼らにとって、言葉というものは無を実在せしめるところにのみ真価があるのである。
「サルトルさんて、ニコヤカなアンチャンだね。ゼンゼン喋らねえなア。あれで渉外部長かねえ。ハハア、英語で喋りまくろうてんで、日本語を控えているのだねえ」
「小田原の奇流閣《きりゅうかく》へ電話をかけておけ。この四人に、婦人社員五六人。明日一時ごろ出発だ。団子山《だんごやま》に今夜のうちに料理の支度をさせておけよ」
と天草次郎が才蔵に命じる。
「いけねえ。オレも行くのかな」
「あたりまえだ」
「寝ションベンジジイは半平の係りだから、オレはもう知らねえや」
「ハッハッハ」
半平は不得要領に、しかしニコヤカに笑っただけであった。
その七 箱根に於て戦端開始のこと
石川長範はサルトルとゴリラの熊蔵、それに二号をつれて小田原の奇流閣へやってきた。こゝは由緒ある邸宅を買って旅館営業をはじめたと
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