うのだな。百万円耳をそろえて献上すると正宗の身柄を引渡してつかわすと言うとる」
「ハ、百万円」
「ウム」
 親分は言葉をきって、ウイスキーを一|呷《あお》り、ついでに、盤面に目をくばる。
「天草鉱業はどこに鉱山をもっとるか」
「エエ。常磐に炭坑三ツ。常磐では指折の優秀炭質を誇っております。七千五百から八千カロリー。八千五百ぐらいまでありますんで、一|噸《トン》いくらだったかな。一貨車いくらでもとめるのが御徳用で」
「天草製材はどこに工場を持っとるか」
「エエ。秋田でござんす。そもそもこれが、わが社社長の実家でして、社長は当年二十五歳、ボクと同年の大学生で、天草次郎とおっしゃるニューフェースで」
「オヤジが追放くったのか」
「とんでもない。当商事に於きましては、社長のほかに業務部長の織田光秀、編輯長の白河半平、重役陣の三羽ガラスがいずれも大学生でござんす。エエ。ボクも近々重役になります。戦前派は無能でいけません」
「製材所が秋田じゃア都合が悪いな。しかし新興商事会社はヤミ屋にきまっとるから、扱えないという品物があっちゃア名折れだ。実はな、オレが商用で箱根へくるのは建築用材の買いつけだ。すでに一年半にわたって用材を伐りだしとる。進駐軍関係の用材であるから、輸送も優先的、伐採が輸送に追われるほどスピーディに動いておる。運賃も人件費も格安であるから、オレの材木は安いぞ。三千万円ほど譲ってやるから、手金を持ってくるがよい。社長をつれてくるのがよいな」
 親分は才蔵の返答などはトンチャクなく、
「サルトル。自動車をよべ」
「ヘエ。用意してござんす」
 電光石火。四名は車中の人となって、仙石原を突ッ走り、峠を越えて、箱根の山裏の丘陵地帯へでる。杉山である。丘陵にかこまれた小さな平地へ乗りつける。ここが伐採本部で、石川組作業場という白ペンキ塗りの木杭《ぼっくい》が立っている。トラックの来往はげしく、活気が溢れている。
 石川親分、現業員に敬々《うやうや》しく迎えられて、ちょっと視察していたが、作業場の主任をつれて戻ってきて、また自動車を走らせる。
「これから一周するところを天草商事へ売ってやる。よく見ておけ。目通り八九寸から一尺が多いが、尺上《しゃくかみ》、尺五上もかなりまじっておる。全部で何石《なんごく》ぐらいかな、六万か七万石、そんなところだろう。望みの期日までに、東京の指定の
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