中央の座敷から起っているが、ズッと奥に離れがある。こゝぞ、神様の寝所であろうと狙いをつけた。
 忍びよると、居る、居る。神様は寝床に腹ばいになって、ゴハンをたべているのである。行儀のわるい神様だ。四十ぐらいの女神である。神様の手が、ひどく小さく、まッしろだった。
「落着け。落着け」
 彼はジッと時を忍んだ。また、奏楽が起った。その音にまぎらして、二枚、三枚。樹の上へ登って、三枚。窓まで近づいて、また、パチリ。神様は全然知らなかった。
 次に、奏楽中の神殿へ忍びよる。マン幕のスキ間から、うつしたが、どうも思うように行かない。
「エヽ、面倒な。やッちまえ」
 マン幕をすこしもたげて、首を突ッこんで、ジーとやる。
「ヤッ」
 白衣の一人が、気がついた。その時はもう後の祭。坊介は、白衣の男を見つめて、大胆不敵にニヤリと笑った。芸術家の満足感であった。彼はライカをポケットへ収めた。
「アバヨ」
 サッと身をひるがえす。写真屋ともなれば、逃げの一手は場数をふんでいるのである。ドッと追う人々は、マン幕にさえぎられて、手間どった。音をきゝつけて、飛鳥の如く身をひるがえし、靴をつかんで逃げだしたのが、ツル子にノブ子。その速いこと。ちかごろは、もっぱら男女同権。その喧嘩ッ早いこと。嘘だと思ったら、やってごらんなさい。ハイヒールをぬいで右手でつかんでサッとかまえる。ポカンと殴ってサッサと逃げる。もはや男は勝てません。
 半平と才蔵も女の子の次ぐらいはスバシコイ人物だから、白衣の人物などにオサオサつかまる筈はない。白衣の人物には何が何やら分らぬうちにサッと立って靴をつかんで一目散。
 門をあけると一番先に風の如くスットンで出て行ったのは誰あろうライカの坊介であった。つゞいて半平の一行もドヤドヤと門を出てしまえば、もう大丈夫。
「ヤーイ。アバヨ」
 半平はふりむいて、白衣の面々に手をふって挨拶する。
 そのとき白衣の人々をかきわけて逃げでようとしたのが、正宗菊松であった。魂はぬかれていても、必死である。人々がワッとマン幕かきわけて坊介を追うと、サテハと合点し、こゝぞイノチの瀬戸際、逃げおくれてなるものか。泣きほろめいて必死に走った。然し、逃げる人間が、追っかける人間の後を走るというのはグアイがわるい。どうしても、こっちが敵を追いこさなければならないからである。おまけに、自分の後から走ってくる
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