見当がつかないのであつた。
「分らないことはなからう。お前さん方、存分威張りかへつてゐたゞけのことさ」
 妙信に言はれて三人は腑ぬけのやうに薄ボンヤリ、笑ひ合つた。
 翌朝、四人の起きたころ、トキ子さん三人家族は早朝すでにどこかの温泉へ姿を消してゐた。その日の夜、四人が駅で東京行の汽車を待つてゐると、星野の女中がきて、お嬢様から皆さんへの御手紙忘れてゐました、と届けて行つた。ひらいてみると、
「おかげさまで強くなりました」
 と書いてあるだけだつた。わかつたやうで、わけが分らない。
「元々、あのお嬢さんは左マキなんだよ」
 と妙信が言つたが、この手紙と昨日のトキ子の言葉に最も深く思ひこんでゐるのは京二郎であつたらう。
 京二郎はまつたくトキ子に負けた思ひがしてゐた。トキ子は三人を見放したではないか。それだけでタクサンだ。
 すでに女は進軍してゐる。肉体だけで進軍してゐる。男の奴が感傷や屁理窟で手まどるうちに、女は時間を飛躍して行く。
 女を軽蔑してハジをかいたから、こんどは女を尊敬してやらう。女の方がハジをかくぐらゐ尊敬してやらう。然し女はハジをかくだらうか、などゝクサ/″\のことを考へて、ともかくトキ子は可愛いかつた。ふと、そんな風に考へらると、どうやら胸がチクリと痛むやうな珍妙なぐあいになつてゐた。



底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
   1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「社会 第二巻第九号」
   1947(昭和22)年11月1日発行
初出:「社会 第二巻第九号」
   1947(昭和22)年11月1日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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