はない。五人の約束もトキ子を処女としての約束で、いちどケチがついたものならあとは同じこと、早いが勝だと理窟をつけて、さつそく直談判、強要して成功した。
 さういふ関係になつてゐたから、はからざる終戦、母とトキ子は二人の男の膝づめ談判に困却して、なすところが分らない。
 困つたことには、母とトキ子と胸の思ひが違つてゐた。
 トキ子はすでに兄が戦死し一人娘であるから、聟とりといふことになるが、村山は資産家の三男坊で、私大の経済科を卒業してをり、すでに一人前の紳士であるが、安川は医者の三男坊で、絵カキの卵、また二十二の若年で、このさきどんな人間に成長するか、今のところは見当がつかない。
 差当り誰の目にも村山は旧家の主人に申分ない条件を具へてゐるから、母は村山を内々聟にと思つてゐる。
 トキ子は安川が好きだつた。
 二人は胸の思ひを表はさないが、それとなく分ることだから、安川は当のトキ子に一任しようと云ひ、村山は日本の習慣通り親の意志に従ふべきだ、とこれもケリがつかない。母と娘は胸の思ひをあらはすとモツレルばかりだから、安川には安川の気のすむやうに、村山にも同じこと、なるべく当りさわりなく、
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