つぱり無言のまゝ別れてくるべきであり、さもなければ、例の月並に、立派に死んで、バンザイ、それでよかつたのだ。イケニヘといふことのほかに、人間なんかの在る余地がないのだから。
 安川はノドをしめあげられ、ノドに荒縄をまきつけられて気違ひ馬に引きづり廻されてゐるやうであつた。途方にくれ、益々絶望するばかりであつた。
 何ものゝ喜ぶべきこともない。トキ子の愛情をたよりに、愛情をみやげに、そんな気持の玩弄はできうべきものではなかつた。のたうちまはる思ひだけであつた。
 畜生! 畜生! オレを殺すのはドイツだ。祖国。そんなもの、八ツザキにしてしまへ。
 どうして恋だの愛だのと言ひだすのだらう。日本中が気が違ひ、戦争といふトンマな舞台の人形、たゞ祖国のために飢え、痩せ、働き、死ぬ、ひとつの道具、兵器の一種にすぎないではないか。恋だの愛だのとそんなことを今更言ふとは、ひどい、なんといふことだらう。
 恋は青空、思ひは海、せめてうらゝかな日に自爆したい。そんな気持になりきれないとは切ない。さうなる以外に、手がないのだもの。そのくせ、なれない。空を仰げば、嘘のやうに星があつた。天の川、悲しく汚く、つまら
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