関係があるだけだと思ひこんでゐたのだ。
「あなたは何とまア気違ひですか。村山さんからはもう正式に使者の方が何度も足を運んで下さるといふのに。京二郎さんなどゝいふ粗暴な礼儀知らずの低級なろくでなしは、御三方に頭をわられて半殺しになるといゝ」
 トキ子はうなだれてゐたが、シッカリした顔付で、返事をしなかつた。
「あなたは、まさか京二郎さんが好きなわけではないでせう。あの人はあなたを手ゴメにしたのでせう。それは私に分ります。なぜそのとき私に打ちあけて下さいませんか」
 トキ子は答へなかつた。
「皆さんが戻つていらしたら、あなたは村山さんにお詫びをしなければいけません。できますか。それはできるでせう。しなければならないのです。然し、許して下さらなければ、あなたはどうなさるつもりですか」
 長い沈黙のあとで、たまりかねて信子がつぶやいた。
「今ごろはあのろくでなしは血まみれにヒックリかへつてゐることでせう」
「一人に三人ですものね。でも、妙信さんはオセッカイではないかしら。あの方の知らないことだわ」
 と、秋子が呟いた。
「正義ですもの、それが当然ですよ。何がオセッカイですか」
 そこへ四人が荒々しく戻つてきた。服は破れ、血がにじみ、顔は腫れ、目だけ吊りあげて疲れきつてゐる。
「ムチャクチャですよ。安川の奴なんざ、京二郎を殴つておいて、急に方向転換して村山に武者ぶりついてゐるんですから。思へばケンカはヤボですよ。四人で話をきめてきたのです、トキ子さんに、三人の色男から一人指名していたゞくのです。三人異存はないさうですから、さつそく、たのみます」
 しばらく無言であつた。トキ子はいくらかシカメッ面をして、四人を代る代る眺めてゐたが、
「怪我の浅いのは、どなたとどなた」
「さてネ。みんな同じやうなものですよ」と妙信が答へた。
「そんなら皆さんで、ウチにある皆さんの荷物を、安川さん村山さんの宿へ運んでちようだい。あんまり威張らないで下さい。もう戦争がすんだんですから。一度はクニへおかへりになるのがいゝわ。私のオムコさんは私がそのうち探しますから」
 そこまで一気に言つて、
「サア、早く、早く、荷物を運びなさい。あんまり威張らないで」
 四人は荷物を運んで下宿の一室でボンヤリ額をあつめてゐた。結末が意外で腑に落ちない思ひであるが、アンマリ威張らないで、と二度も言つた、その意味が誰にも見当がつかないのであつた。
「分らないことはなからう。お前さん方、存分威張りかへつてゐたゞけのことさ」
 妙信に言はれて三人は腑ぬけのやうに薄ボンヤリ、笑ひ合つた。
 翌朝、四人の起きたころ、トキ子さん三人家族は早朝すでにどこかの温泉へ姿を消してゐた。その日の夜、四人が駅で東京行の汽車を待つてゐると、星野の女中がきて、お嬢様から皆さんへの御手紙忘れてゐました、と届けて行つた。ひらいてみると、
「おかげさまで強くなりました」
 と書いてあるだけだつた。わかつたやうで、わけが分らない。
「元々、あのお嬢さんは左マキなんだよ」
 と妙信が言つたが、この手紙と昨日のトキ子の言葉に最も深く思ひこんでゐるのは京二郎であつたらう。
 京二郎はまつたくトキ子に負けた思ひがしてゐた。トキ子は三人を見放したではないか。それだけでタクサンだ。
 すでに女は進軍してゐる。肉体だけで進軍してゐる。男の奴が感傷や屁理窟で手まどるうちに、女は時間を飛躍して行く。
 女を軽蔑してハジをかいたから、こんどは女を尊敬してやらう。女の方がハジをかくぐらゐ尊敬してやらう。然し女はハジをかくだらうか、などゝクサ/″\のことを考へて、ともかくトキ子は可愛いかつた。ふと、そんな風に考へらると、どうやら胸がチクリと痛むやうな珍妙なぐあいになつてゐた。



底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
   1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「社会 第二巻第九号」
   1947(昭和22)年11月1日発行
初出:「社会 第二巻第九号」
   1947(昭和22)年11月1日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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