を遂げた。秋子はやゝ抵抗したが、恥のために声を忍んで屈したやうな、無感動なむくろといふ様子であつた。然し次の機会からは、すでに拒まないばかりでなく、快楽に酔ひ痴れ身悶える肉体であつた。
こんなものかと京二郎は思つた。秋子の肉体が憎くなるのであつた。人間はたつたこれだけのものであらうか。まさしく、これだけのものではないか。このほかに目をさまして顔を洗ひ、掃除をし、食事をし、洗濯をし、料理をつくり、知人と挨拶し、もてなし、話をし、それが人間の生きる目的でないとすれば、この肉体のほかに何があるのだらうか。人間はこれだけではない筈だと彼は思つた。然しそれはトキ子を手ごめにするための階段の役目を果してゐる屁理窟のやうなものであつた。
彼はトキ子が抵抗することを考へた。安川や村山に知れて、彼らの刃物に対してゐる自分のことを空想した。そして、そこまで、やつてしまはなければいけないのだと自分を納得させることに成功した。
京二郎はトキ子をゆり起した。
「僕ですよ。起きて坐つて下さい」
トキ子は起きて坐つた。トキ子は彼の空想の中で激しく抵抗してゐるやうな女ではなかつた。空想の中とは別に、京二郎はそれをハッキリ知つてゐた。
「僕は安川でも村山でもありませんよ。あなたと結婚したいなどゝは申しません。僕はたゞ遊ぶために来たのです。その代り、あなたがイヤだと仰有《おっしゃ》つても、ダメです。僕は遊ぶことにイノチをかけてゐるのですから。ホラ、僕の心臓に手を当てゝごらんなさい。いゝですか」
京二郎はトキ子の手頸を握つて自分の心臓に当てさせた。どうすることもできない様子で、その腕は抵抗せずに、木ぎれのやうにタワイなく持ちあげられてきた。
「僕の心臓は全然ふつうと同じやうに、ユックリ、規則たゞしく打つてるでせう。あなたの心臓と音をくらべてごらんなさい」
京二郎は別の手頸をにぎつてトキ子の心臓に当てさせた。そのために二人の膝は密着して、二人の体温が泌《し》みるやうにふれてきた。
「つまり、僕はすこしも怖くないのです。何も怖れるものがないのです。なぜなら、今は、僕の時間だから。分りますか。あした、あなたが目を覚す。するともう、それは僕の時間ではないのです。あなたの時間、あなたと安川や、あなたと村山の時間なのです。その時間の中では、僕とあなたは何のツナガリもない赤の他人だ。然し今、これは僕の時間だから、僕は時間と、そして僕にからまる人、あなたを支配しなければならない。だから僕は冷静です。僕の心臓の静かさが分るでせう。あなたの心臓はどうですか」
京二郎は握つた手頸をはなし、トキ子の当てた掌の代りに、自分の掌をトキ子の心臓に当てた。その心臓は音がハジキでゝくるやうに打つてゐた。京二郎はいつまでも手を当てゝゐた。そしてトキ子の肩をかゝへて、いつかトキ子を腕の中に抱いてゐた。
唇をよせた。トキ子はさからはなかつた。すべてが終つたとき、
「安川さんや村山さんに仰有つてはイヤ。誰にも秘密だわ。私たちだけの秘密」
とトキ子がさゝやいた。
京二郎は唇をむすび、又、溜息をもらし、あらゆる悩ましさに捩れからんだ肢体を追憶しながら、
「一生秘密にしてゐられる?」
「むろんだわ」
「こんな秘密をいくつも、いくつも、つくりたいと思つてゐるの?」
トキ子は答へなかつた。みづ/\しい裸体を惜しみなく投げだしたまゝ、隠さうともせず、目に両手を組んでゐた。
京二郎は秘密といふものが女の一生の目的であるやうな思ひにふけつた。なぜかトキ子の肉体は憎くゝはなかつた。秘密をたくはへる、それを目的にする女、秋子とても、信子とても、さうではないか。
然し、トキ子は可愛いゝと思つた。
★
トキ子と京二郎の関係に先づ気づいたのは妙信であつた。
京二郎は妙信が同じ部屋にねてゐる夜も、トキ子への情慾を抑へることができなかつたから、血のめぐりのいゝ妙信は、相手が誰でもなくトキ子であることも見破ることができた。
勇み肌の妙信は、当の安川や村山よりも義憤に燃えて、京二郎に決闘を提議したのも彼であつた。
そのころ村山の両親からは使者がきて、こつちの様子を見定めた上、聟養子になるならなにがし財産も分けてやる。正式の交渉が始まつてゐた。安川の家からは音沙汰がなかつた。安川はもう敗北だと思はざるを得なかつたので、ヤケクソになりかけてをり、村山にしてやられるものなら、京二郎でも同じこと、却つて村山にいゝ気味だと思つたほどで、さほど熱はなかつたが、寝とつた京二郎はやつぱり憎い。思ひつめれば喉を割いてやりたいぐらゐで、ともかく決闘の聯合軍に加はつた。
京二郎は申出に応じ、三人の誘ふまゝ町外れの河原の方へ歩き去つた。
信子と秋子は寝耳に水であつた。彼女らは各々京二郎がたゞ自分とだけ
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