に死ぬ身にとつてはつらい。まつたく、もう、人間ではない。軍艦にブツカルためのエネルギーであるほかに全然意味がない存在であるといふこと、この事実がぬきさしならぬことだから、それを思へばグウの音もでず、たゞポカンと、そして絶望に沈んで起き上る由もないではないか。
とはいへ、彼とても、別に女にこだはることはないではないか、なぜ女にだけこだはるか、さう思ふことは絶間もなかつた。
すると又、あいにくなことに、最も欲するものを抑へること、せめてそれが満足である、いはゞまアそれだけが人間の自覚のやうな気がして、そんな理窟で間に合ふことも多かつた。
だから彼はふだんイヤな士官だの司令の奴を、死ぬときまつたらひとつヒッパタイテやらうなどゝいふ気持よりも、誰にでも愛想よくサヨナラと云つて、サッサと死んでしまふ方が気に入つてゐた。
然し愈々命令が下つたときには目も耳もくらみ、心は消え、すくんでしまつたもので、あゝ、これを絶望といふのだ。絶望とは決して人間の心に棲むものではない。狂気の上にあるものであり、人間に非ざる心に在るものであつた。
突然京二郎は全宇宙を砕きたい怒りに燃えた。すると又にわかにもはや又絶望、喪失と落下と暗黒と氷結にとざゝれてゐる。すると又、にわかに怒りに狂ひ、又喪失と落下と暗黒。さういふ繰返しの波がひいて現れてきた自分も、然しもう先程までの自分とは違ふやうな、なぜとも知れずハッキリ分る差の感覚が、まことにイヤらしくこびりついてゐるのであつた。
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その日のひるまは三人そろつて町へでたついでに、星野家へ挨拶に立ちよつた。妙信と京二郎ははじめての訪問で、ちよッと上つてお茶をのんできたゞけだつた。
その夜は集会所で送別会がひらかれ、例の如き気違ひ騒ぎ、他の隊員には血相変りたゞならぬ者もゐたが、三人組はふだんの通りで、妙信は清元をうなりカッポレを踊り、次には素ッ裸でヤッコサン、京二郎は例の如く全然黙々たるものであり、安川も途中まではふだんと変らなかつたが村山中尉が酔つ払つてやつてきて酒をさして、
「ヤイ、貴様が先陣とは面白い。立派にやれ。ひとつ、のめ」
横柄であつた。むろん階級の差も年齢の差もある。無礼講もその差は一応当然でカンにさわる筋はなかつたが、二人のつながりは軍人としてゞはなしに、人間のもので、そのつながりの上だけでの交際なのだか
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