やうやく二十二といふ若者のこの傲然たる男の位、これを男らしさといふのであらうか、それは不可解、又、神秘的ですらあり、襟首を押へつけられてゐるやうな圧倒的な迫力があつた。
「童貞なんて、嘘でせう。あなたぐらゐ、スレッカラシの男はないわ」
「童貞なんか、何ですか。僕が今まで女を知らなかつたのは、童貞なんかにこだはつてゐたわけぢやないのです。僕は何より女が欲しかつたのですが、自分の意志で人生をどうすることもできない戦争の人形にすぎないのだから、一番欲しいものを抑へつけて、せめて自尊心を満足させてゐたゞけですよ」
 まつたく京二郎は戦争中は女を遠ざけながら、実は女のからだに最もこだはり、それを求めつゞけてゐたことを、思ひだすのであつた。信子のからだを知る時間まで、さうだつたかも知れなかつた。
 然し今はもう、女のことなど、問題にしてゐないことが分つてゐた、なにをアクセクすることもないではないか。戦争は終つた。自分の力で、自分の道を生きて行くことができる。卑小な何物にこだはることもない。卑小なものは踏みつぶして進め。どんな理想も可能であり、その理想のために、自ら意志してイノチを賭けることもできる。
 女がもし必要ならば、理想の女をもとめるがよい。つまらぬ女はみんな道ばたへ捨てゝしまつていゝではないか。気兼ねも、気おくれも、後悔もいらない。
 然し、理想は何か。理想の女はいかなる人か。それはまだ京二郎には全く見当がつかなかつた。たゞ彼は現実的に、それを握つて不満なものは、すべて捨てゝ不可なきものと信じることができるだけだつた。
 戦争がすんだ。そして人間が復活した。彼は先づ人間の復活からはじめる、生れたての人間に一人前の理想など在る筈もないではないか。
 戦争未亡人の秋子は若くて、初々しく、美しく、情感にとみ、京二郎の情慾をそゝるに充分だつた。彼は秋子と通じることに罪悪感を覚えるので、一さうそれを敢てして自分を、そして人間を、罪悪をためしてみたいと思つた。自分の意志を行ふことを怖れるのは人間的ではない。強制されて行ふことが気楽だといふバカバカしさに腹が立つた。
 然し彼はいかにも尤もらしく屁理窟でツヂツマを合せてゐたが、実際はたゞ情慾に憑かれた餓鬼であり、可愛いゝ女をもてあそびたい一念だけが生きてゐる自分の心だといふことを知つてもゐた。
 京二郎は深夜に秋子の寝室を襲つて、思ひ
前へ 次へ
全16ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング