であつたが、この基地へきて、たまたま星野といふ未亡人と知りあつた。星野家はこのあたりでは名の知れた古い家柄のお金持で、未亡人に一男一女あつたが、長男は出征して北支で死に、まだ二十五の秋子といふお嫁さんが後家となつて残され、あいにくのことに遺児がない。妹の方は十九でトキ子といつた。
 星野夫人は自分の倅《せがれ》が戦死のせゐもあつて、兵隊が好きで、特別特攻隊の若者たちに同情を寄せてゐた。
 そこで行きづりの若い兵隊を自宅へ招いて御馳走するのが趣味であつたが、誰でも招待するのかといふと、さうではなくて、一目見て気に入らなければそれまで、気に入ると、街頭でも店頭でもその場で誘つて自宅へ案内する。さういふわけで星野家へ出入りするやうになつた兵隊が安川もいれて五人ゐた。
 五人の兵隊がみんなトキ子が好きなのだ。元々特攻といふものは必ず死ぬ定めなのだから、夫婦になる、さういふ未来のあるべきものぢやない。だから基地では一人の女を五人六人で情婦にする。さういふ場合はまゝあつたが、未来にどうといふ当《あて》のない身は磊落で鞘当ても起らない。
 ハッキリ情婦となつてしまへば却つて鞘当てはないのだけれども、相手が処女、清純楚々たるタヲヤメであるとやゝこしくなる。ヌケガケの功名といふ奴があるからで、そこで五人が相談して、トキ子さんは我々のアコガレなんだから、胸にだいておくだけで汚さぬことにしよう。女のからだが欲しければ商売女があるのだから、と約束したが、そのとき最も年長二十六になる村山中尉が口をだして、然しアコガレを胸に死ぬといへばキレイだけれども、四人死ぬ、最後に残つた一人がどういふことも出来るわけで、さうなつては先に死ぬ者の気持が無慙だ。だから特攻に出発ときまつた者だけその出発までトキ子さんをわが物とする定めにしよう。かう言ひだしたのは彼は中尉で編隊長であり、ほかの者、安川などはまだ一人前とは云へないやうな飛行機のりだから、自分がまッさきに貧乏クヂをひきさうだからで、なるほど然し言はれてみれば先に死ぬ者の気持の暗さは無慙であるから、よろしい、その定めに約束した。これは五人だけの約束で、トキ子も未亡人もあづかり知らぬところであるから、独裁横暴、いかにも勝手だが、眼前に見る祖国の壊滅、わが身の自爆、それを思へば彼らの心中も同情の涙を禁じがたい。
 ところが皮肉なことに、この五人には、いつか
前へ 次へ
全16ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング