はない。五人の約束もトキ子を処女としての約束で、いちどケチがついたものならあとは同じこと、早いが勝だと理窟をつけて、さつそく直談判、強要して成功した。
さういふ関係になつてゐたから、はからざる終戦、母とトキ子は二人の男の膝づめ談判に困却して、なすところが分らない。
困つたことには、母とトキ子と胸の思ひが違つてゐた。
トキ子はすでに兄が戦死し一人娘であるから、聟とりといふことになるが、村山は資産家の三男坊で、私大の経済科を卒業してをり、すでに一人前の紳士であるが、安川は医者の三男坊で、絵カキの卵、また二十二の若年で、このさきどんな人間に成長するか、今のところは見当がつかない。
差当り誰の目にも村山は旧家の主人に申分ない条件を具へてゐるから、母は村山を内々聟にと思つてゐる。
トキ子は安川が好きだつた。
二人は胸の思ひを表はさないが、それとなく分ることだから、安川は当のトキ子に一任しようと云ひ、村山は日本の習慣通り親の意志に従ふべきだ、とこれもケリがつかない。母と娘は胸の思ひをあらはすとモツレルばかりだから、安川には安川の気のすむやうに、村山にも同じこと、なるべく当りさわりなく、両方のキゲンをとるから、益々こぢれ、もつれるばかりである。
「当然死ぬ筈の人間、それを前提として出来たツナガリに、死ぬ運命が変つて起つたモンチャクだから、昔のツナガリを土台にしては解決ができない。君がトキ子さんと最初の関係をもつたとか、僕がそれからどうしたとか、かういふ特攻隊員のツナガリは御破産にしよう。僕らは新らたに、全く終戦後別個に現れた求婚者として、正式に争ふべきではないか。我々は直談判をやめて、日本の習慣に従つて、両親の許しを受け、親なり仲介者の手によつて、家と家の交渉、正式に手順をつくして求婚して、正式の返答を貰はふぢやないか」
かう言ひだしたのは村山で、この提案の計画をたてると、彼はいちはやく、両親に依頼の手紙を発した形跡があつた。この提案は母と娘と四人同座の席でだされ、正式の交渉、もとより女たちはそれを望むのが当然、三対一、反対してもムダだから安川も同意した。然し、安川の親の医院は焼失し、両親がどんな暮しをしてゐるやら手紙ぐらゐで納得するやら、二十二の特攻小僧の嫁ばなし、相手にもしてくれない不安ばかりで、たよりない話だけれども、ひくわけに行かない。
すると村山は、さう
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