オカミサンは次第に商法の方も手を上げたのだ。
二敗から二対二まで持ちこんだ大山は、第五局目の対局にこの宿へついた時、
「ぼくは勝ちますよ」
と、事もなげに断言していたそうである。手合前の木村は慎重にかまえて、口数も少かったが、大山はハシャイで明るかったという。
オカミサンは女中一同を集めて厳命を下した。
「お二人のどちらが勝っても負けても、あなた方は知らんぷりしていなさい。この旅館の者全体が勝敗に無関心でなければいけません。かりそめにもどちらかにヒイキの態度など見せてはいけませんし、どなたが勝ってもオメデトウも云ってはいけません。係りの女中だけは最少限度にオメデトウぐらいの表現はしてもよろしい」
この訓辞は賞讃すべきであろう。こういう訓辞を与えうるオカミサンは、たしかにタダモノではない。一流の人物である。彼女の多くの言行もそれを裏書きしているようだ。
この勝負は大山が負けた。彼はまだ若年だから、あれほど生来の落付きをもっていても、気持ちのおのずからの浮き沈みを真に鎮静せしめることができないようだ。
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去年の初夏のことであった。当時私は読売に小説を連
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