のお嬢さんにたのまれたのですけど、生れ月日の下へサインして、感想欄のところへ何か感想を書いて下さいッて」
 なるほど署名欄は三百六十五日の日附になっていて、ところどころ生れた月日の下に誰かの署名がある。私も自分の誕生日のところへ署名した。
「マダムのお嬢さんは、いくつ」
「十九です」
「ホントかい?」
「いまのお嬢さん方はこれが普通でしょう」
 そうですかねえ。怖るべきはタカラヅカ。しかし、オカミサンの娘に生れると、十九になってこんな日記帳をたのしんでいることはできないのである。
 看板は碁の旅館であるが、何であれ大手合や勝負師が好きな旅館で、朝日へ手をまわして将棋名人戦もここでやった。私は見に行かなかったからハッキリ記憶がないが、木村大山が二対二のあとの第五局ではなかったかと思う。もっとも読売の方は、それまでにも碁のほかに将棋の方でも時々ここを使ってはいた。読売の将棋は呉清源を一手に抱えている碁にくらべて劣勢であるからそれまで問題にならなかったが、将碁名人戦の定宿の一ツになると、碁の旅館の看板ではさしさわりがあるから、その時以来、辻々に立てた碁の旅館の看板をおろしてしまったのである。
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