ジッと見つめる。まさにテストをうけてゐるのは清人の方だから、問答無益、ポケットへ手をつッこんで財布をとりだしつゝ、
「女中ぐらゐ、志願者がありすぎるのさ。僕のところぢや白米をたべさすから。しかしコックがゐないから。戦争このかた、十年ちかく高級料理がつくれなかつたから、腕のよいのがゐないんだ。僕はお料理の方ぢやパリの一流のレストランで年期をいれたもんで、今の日本のお客ぢやモッタイないけど、人手がなきや仕方がないからさ」
 一万五千円ポンと投げだす。自殺途中の道草のヤブレカブレといふところだが、ヤブレカブレぐらゐで人間気前がよくなりはしない。これはもうゾッコンの思召《おぼしめ》しをバクロに及んでゐるから、天妙教のオバサンありがたうといふのもオックウな顔で、つまらなさうにお札を数へながら、
「女中がゐなきや困るわね。この子が可哀さうだわよ、旦那、うちから誰かひとり、さうしませう。さうしていたゞきませうよ。お気に召したのがをりませんでしたか」
「どれといつて、ゐなかつたね。料理屋ぢやア妖怪変化がお米を炊くわけぢやアないからね」
「その代りみなさん大変な働き者よ。衣ちやん、玉川さんをおよびしてお
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