ーテンに接客サービス、天来の敏腕家も手が廻りかねる。けれども夫婦共稼ぎとか、愛人をサービスにだすとか、お客は酔へば見境ひなく女を口説く性質のもので、家庭とビヂネスの境界線が不明となり、まことによろしくないものだ。美人女給といふものも甚だ月並なもので、御亭主と懇ろになれば店に居つくが、さもなければ、いつ誰と消え失せるか、ヒモがついたり、無断欠勤の温泉旅行等々、わがまゝ無礼、元来この節の日本人の飲み助どもときては、女よりは酒、少しでも安く酒、たゞもう欠食児童なのだから、女などあてがうのはモッタイない。なまじ美女など坐らせておくと、こゝの酒は高いと独りできめて隣りの店へ行つてしまふ、高価な食器を使つたゞけでも、一目見てにはかに面色蒼ざめ盃をもつ手がブルブルふるへだす、昔のお客はオイおやぢなどゝ飲み屋の亭主をよんだけれども、当節のお客は、旦那、甚だ相すみませんけど、などゝ一杯ちやうだいに及ぶ風情、筋骨衰弱し、可憐である。
 そこで落合天童は時代のおのづから要求し落ちつくところを再思三考に及んで、彼の自宅の町内の天妙教支部を訪れた。こゝには身寄りのない貧窮家族、病人を抱へたのや、子だくさんの寡婦
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