うとすると得てしてコレ式になるもんでしてな」
 とコック氏が素知らぬ顔で大将に言ふ。すると女給も富子も大将の顔を見るたびに、
「飲み物、値上げしたら、全然のまなくなつちやつたのよ」
 と、こぼしたり、
「いつそ、コーヒーでも置いたら?」
 などゝ言つてみたりする。
 売り上げは値上げ前の三分の一から良い日でも半分に落ちてゐる。どうせ一本二本しか飲まないなら、百円のお通しをつけて、カストリ百五十円、日本酒二百円、ビール三百円にしろ。御無理御もつとも、困つたな、と顔をしかめて、然し、一同、もう内心は平然たるものである。
 二人づれのお客にはお通しつきを一つだけ無理してもらひ、三人づれには二つ、一人でくるお常連は二日目か三日に一度無理してもらう。あとはカストリのサービス。これが当つて、今日は二つ無理してやるよ、といふ人もあるし、ナニ、俺は三ツ無理してやる、アラいゝわよ、さう無理しなくつても。全く、無理しても女人連は内心よろこばないので、カストリの売れる方がよい。近頃ではコック氏は自転車を新調して一斗五升のカンカラカンをつみこんでくる。お通しの売り上げも十五人前から三十人前ほどもでる時があるが
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