。然し全然手ごたへがない。
「本当に金銭を解する者にはタダ働きといふことはないよ。そもそもお金をもうける精神とは勤労に対して所得を要求する精神で、これこれの事にはいくらいくらの報酬をいたゞきたい、とハッキリきりだす精神だ。靴をみがゝせても三円。金銭の初心者は人にタダで働かせて自分だけ儲けたがるものだが、こいつは金銭の封建主義といふ奴で、奴隷相手の殿様ぢやアあるまいし、現代には孤立して儲けるなんて絶対主義は成りたゝない。この道理を解さなければ、味方といふものが一人もなくなる」
「うん、僕は味方が一人もゐない方がいゝ。僕は金銭は孤立的なものだと信じてゐるんだ。僕は君に女房のこと、店の情勢を偵察してくれと頼んで、それに対しては報酬を払つた筈だが、それから先のことまでは頼んだ覚えがない。頼まないことには報酬を払ふ必要はない。金銭には義理人情はないから、僕の方から頼まないのに靴をみがいたつて、お金をやる必要はないね」
「そんな風に人生を理づめに解したんぢや、孤影悄然、首でも吊るのが落ちぢやないか。万人智恵をしぼつてお金儲けに汲々たるのが人生で、たのまれない智恵も売つて歩く、これがカラ鉄砲なら仕方
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