まつたく富子はもう羞も外聞もない気持になつて、アッパッパで飛びだして、会社の社長や、問屋のオヤヂや、印刷所のハゲアタマのところへ途中まで歩きかけてみたが、さすがにすくんで、動くことができなくなつて、倉田のアパートへ行つた。ところが倉田はもう三日も家へ帰らぬといふ話だが、留守居の奥方が七ツと五ツの二人の威勢の良い子供をかゝへて愛橋があつて親切だ。マアお上んなさいまし、そのうちに帰るでせうと言ふので、上つて話しこんでゐるうちに、夜になり、夜中に倉田が帰つてきて、もう帰れないからとその晩は倉田のアパートですごした。
 ところが、倉田は急にタヌキ屋に興がなくなり、白けきつて、殆ど遊びに行く気持もなくなつてゐた。
 一つはオコウちやんなる秘蔵ッ子を差向けたのが手落ちの元で、才腕はあるが、まだ二十の娘で、女といへば芸者しか知らない。花柳界の礼儀で、待合の娘が芸者を遇する仕来《しきた》り、芸者が待合の娘を遇する仕来り、ちやんと出来上つた枠の中で我がまゝ一杯ハネ返つて可愛がられたりオダテられたり、かつ又経営上のラツ腕もふるつてきたが、タヌキ屋ではダメだ。タヌキ屋の美人女給は事務員やショップガールあが
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