るのは仕方がないけれど、狸御殿の殿様の手口にかゝるとは、哲学者てえものはヨクヨク貪欲で血のめぐりの悪い先生方のことなのかな」
 最上清人は必死にこらへてゐるけれども、百度以上と思はれるフットウした熱血の蒸気が全身を駈けめぐつて、全然フラフラ、あとは何一つ分らない。うつかり動くと、耳だの鼻の穴から蒸気がふきさうに思はれる。つまり精神肉体ともにパンクしたといふのだらう。
 まもなく全身蒸気が消えて、ひどく静かになつてきた。真空状態がきたのだらう。何もない。骨のシンまで、何もなくて、たゞ冷めたいといふ心細い意識しか分らない。死刑執行といふ時に、こんなふうに竦んでしまつて歩くことができなくなるのかも知れない。
「顔色が悪いぢやないか。クヨクヨしたつて、済んだことは仕方がないぢやないか。だから、あなた、今にして言へば、あなたみたいな世間知らずが然るべき軍師も持たずに単独で闇屋の親方みたいなことをやらうといふ大それたコンタンが迷ひの元と言ふものです。まつたく、あなた方をだますぐらゐ訳のないことはないのだからな。戦争中は軍需会社の親玉でも文士の先生でも、それはあなた、総力戦、ハイ総力戦、日本的、ハイ
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