をくりひろげる。それといふのも、吹雪の姐御にいさゝかの思召《おぼしめ》しが巣食つたからで、配下のチンピラどもにも捨てがたいのが七八名はゐる。肉体を切り売りしてゐる魔窟の姐さんとちがつて、荒んだやうなところはあつても、楽天派で、自然のやうに純粋であつた。
 彼女らは貯金魔だ。もらつた金は貯金して、買ひ物は男にせびる。握つたが最後、自分の金は使はぬといふ頑強な本能をもつてゐる。男に洋服を買はせ、次の男にハンドバックを買はせ、次の男に靴も買はせた。帽子だけが足りない。あすの男に帽子を買はせて揃ふけれども、一時も早く着てみたくて我慢ができぬ。そこで、ちよつとショートタイム、帽子をかせいでくるわ、昼からでかけて、一時間ほど後に帽子を被つて帰つてくるといふ稼ぎ方で、軽快、荒れてるやうで子供のやうな可憐な情感がこもつてゐる。帽子か、帽子は安い、オレが帽子にならう、と最上先生も言ひたいところだけれども、全部がナジミで、夜の王様の貫禄もあることだから、色気ぬきのショーバイだといふ先方の大宣言にも拘らず、全然スタートの恰好がつかないのである。そこで、もつぱら、夜の王様の構図に向つて実際的なスタートを切り、ケチな小パンパンへの情慾を、豪奢な大パンパンへの夢想によつて瞞着する。
「あつちのウチぢや、酒と料理の外に、麻雀、碁将棋、トランプ、花フダ、遊び道具を取り揃へてお客が自分のクラブのやうに寛いだ落つきをもたせるやうにするんだな。お風呂をつくつて朝から夜中までわかすんだ。その代り、特別よりぬきの上客だけに限定して、その連中だけ、とつかへ引きかへ遊びにこなきやならないやうな気分をつくらなきや、いけない」
「アラ、いけないわよ。クラブのやうに心得て勝手にノコノコやつてこられちや、お客がハチ合せしちやうわよ。そこでなきやならないなんて、きまつたウチは窮屈さ。街で拾はれなきや、第一、気分がでやしないや」
 青天井が骨の髄まで泌みてゐる。夜の王様の構図の如き、蔑むべき、卑小きはまる、家庭の模倣にすぎないのである。たぶん彼女らには同じ日の繰り返しが堪へられず、毎日が未知の旅行の期待によつて支へられてゐるのかも知れぬ。
 然し夜の王様は、彼女らがヂオゲネスではないことを見抜いてゐるから、パンパンどもは青天井の明るさと家の暗さを知るだけで、宮殿の生活なぞは知りやしない。王様の構図は夜の宮殿なのだから、無智無学のパンパンどもの臍をまくつたドグマチズムに驚くことはないのだとタカをくゝつてゐる。
 彼は然し思索癖の哲人に似合はず、きはめて現実的な実際家でもあり、富子を口説くときも、天妙教へ乗りこむ時もさうであつたが、かういふシニックな御仁は年と共に浪曼的に若返へるもので、彼が大学生の頃は鼻先で笑殺した筈の夜の王様の想念に、内々極めてリアルな憑かれ方をしてゐる。それといふのが大学生には女の肉体は夢想的なものであるが、四十男の最上清人に於ては的確に想定せられた肉体自体と好色精神の、夢といふものゝミヂンもない現実の淫慾があるのみだ、といふ、さういふ原理によるのであつた。
 そこで彼は夜の王様の現実的な把握のために神を怖れぬ不敵の一歩をふみだしたが、パンパンどものアミだか、配下だか、マネヂャアだか、パンパン共の口添へでタヌキ屋の仕入れ係をつとめてゐる五名のチンピラ、十八から二十二までの赤ネクタイの少年紳士、まつたくこの連中は食ふことよりもポマードだのワイシャツ、靴、靴下などに有金の大部分を投じてゐるとしか思はれない愛嬌のある国籍不明のマーケット人種、その中で最も図体が大きくて、ノロマで、ニキビだらけで、いつもニヤニヤ思ひだし笑ひをしてゐるサブチャンといふお人好しに、最上先生が目をつけた。
「サブちやん、たのみがあるんだがね」
「ヘエ、マスター」
「サブチャンを見込んで頼むのだけど、僕の片腕になつて協力して貰へないかな」
「アハハ。オレなんか、ノロマで、ダメだよ」
 カポネ親分なら、こんな時にカミソリよりも冷酷に死刑宣告的な用件を至上命令的に、きりだすだらうと考へたから、彼も亦、カポネ風にきりだした。
「タヌキ屋の名儀を君にゆづる。名儀料は月々五千円だす。そして、手入れがあつた時は、君が責任を背負つてくれる。罰金だけで済まなくて刑務所へ送られた時は、当座の謝礼に五万円、刑期が終つた時は、この店の月々の利益の半分は君のものだ。同時に君はこの店の支配人であり、僕のあらゆる事業の最高の相談相手、会社なら、副社長といふところだね。承知かね」
「ハア」
 サブチャンは呑みこみが悪いから全然ポカンとしてゐる。そこでユックリ、かんで含めて説明をくりかへす。
「ナルホド、へえ」
「名儀料の月々五千円は今日からあげるよ」
 そのときサブチャンと一緒にノブ公といふ最年少、十八の少年がゐた。五尺そこそこ
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