は、アラ、マダムの着物を質においたお金でゞすかと言ひ、お店を持たしてあげやうと言つた相手は、三十万ぐらゐなきやダメよ、とニヤニヤてんで取り合はない。温泉へ行かうと誘つた相手は、私もう温泉へ一緒に行く人あるのよと軽く一蹴されてしまつた。
世界に女が五人だけしかゐないわけではないから、最上先生、驚きもせず、金さへありやアいゝんだ、倉田の言ふ通り、豊かでないのが知れてゐるからかうなるので、女房の着物をはいでミヂメなところを見せたのなんぞは特別まづかつたが、本当に金も欲しかつたんだから仕方がない。クヨクヨすることはない、奴らが揃つてその気持なら、こつちは奴らに稼がせて儲けて、儲けた上で、美人女給は広告一つで集つてくる。マスターの口説は柳に風のくせに、みんなそれぞれ二三人はいゝ人ができてよろしくやつてゐることが知れてゐるから、そねむ心は仕方がない、それならそれで、いゝ人のふところからしぼつてやるまでだと、
「よそぢや、ビール一本二百円から二百八十円で売つてるから、うちは明日から百九十円にするんだ」
とそれだけ言ひすてゝ寝てしまつた。富子も困つて女給に相談すると、女給もそれぢや気の毒で客にすゝめられないからと、碁会所から最上にきてもらつて交々たのむが、百九十円ならよそより安いんだと受けつけない。
「だつてそれはカフェーの値段でせう」
「カフェーぢや、お通しづき三百五十円から五百円まであるんだ。女のお給仕のついてる店、小料理屋、ちよつとしたオデン小料理で二百円なんだから、百九十円ならよそより安い。客に悪くて売れないなんて、猫の目のやうに変る相場を知らず、生意気なことを言ふもんぢやない」
「だつて仕入が八十円ぢやありませんか。よその相場の比較よりも、仕入れ相当に売つて、よろこばれたり儲けたり、それが商売のよろこびぢやありませんか」
「相場よりも十円安けりやオンの字だ。仕入れの安価は僕の腕なんだから、それを売るのが君らの腕ぢやないか。僕の腕にたよつて、楽に商売しようといふのは、怪しからん料見だらう。それで厭なら止すがいゝ」
言ひすてゝプイと消えてしまつた。一同茫然たるとき、調理場でゴミダメのクズを煮込んだり整理してゐたコック先生、そのころはもうどこで手に入れたか白いシャッポに白の前だれなんかをしめて、ヤア、みなさん、とはいつてきた。
「僕が明日から安いカストリを仕入れてくるから
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