じて面白をかしいです、などゝ痩我慢に及んでゐるが、実際のところは、倉田達人の人生も万人なみに大したことはないのである。けれども、浮気なんて、つまらんもんです、と言つてしまふと、首をくゝつて死ぬ外に手がなくなるから、人生面白し/\金々々と云つて多忙に働きかつ飲みかつ口説いてゐる。
 そこへタヌキ屋事件が舞ひこんできたから、彼はよろこんだ。彼は元々哲学者で、哲学者などゝいふものは天性これ教育者であるから、実際はつまり、自分がやるよりも人にやらせる方が面白い気質で、御夫婦御両名に浮気を指南する、打込んでみると、面白い。尚又面白いのは、タヌキ屋の軍師となつて千客万来を策す、口銭にお酒は安直に飲ませてもらつて、つまり研究室の演習といふ要領で、指南かたがた浮気の演習をやらせる、それが酒の肴で、これは頗る面白い。あげくにタヌキ屋が破算壊滅に及んでも、こつちの身には関係がなく、人生面白し面白し然し彼は外にも忙しい男だからあつちで儲けこつちで稼ぎ、御自身だつてあちこち浮気もしなければならず、まことにどうも多忙だ。
 美人募集の広告が紙上に現れ、最上先生のテストがあつて及第したのが五人、女の子が二人ゐても有り余る店へ五人ならべる、女の方で擦れ違ふのが大難儀、お客のないときは五人ポカンと一列に並んで、それより外に場所がないので、そこへお客が一人で舞ひこんでくると相当の心臓でもブルブルふるへてしまふから、これぢやアいけねえな、と倉田軍師がオコウちやんといふ呆れるぐらゐ愛嬌がよくてお喋りでチャッカリしてゐる二十の娘をつれてきた。これ又さる待合の娘で、目下軍師自ら熱心に口説いてゐる最中なので、それぢやこつちで手伝つてもらつて、どこで口説くのも同じだといふ軍師の思想だ。この娘を戸口の近いところへ置く。軍師のお目がね違はず、女の子がアクビをせずにゐられる程度にお客が現れるやうになつた。
 こゝに哀れなのは富子で、ある日外出先から戻つてみると、着物が全部なくなつてゐる。アッパッパのやうなものが二着とよれよれのユカタのやうなフダン着が残されてゐるだけ、あとはみんな清人が質に入れてしまつた。だいじな常連を怒らせて営業不振をまねいた責任はとらねばならぬ。着物が欲しけりや二号になつて旦那から出してもらへ、と云つて質札をなげてよこした。
「だつて瀬戸さんの借金は瀬戸さんが払ふ筈ぢやありませんか」
「バカ。瀬戸
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