ない。他も大同小異で、お手々つないでワをつくる校庭があればよい方だった。
 新潟の小学校が子供の野外遊戯を無視するのもひどすぎるが、それに比較してという以上に、桐生の小中学校の校庭は雄大である。その半数は市営野球場のタップリ倍あるぐらいの運動場をもっている。
 ここの子供は幸福だ。どの校庭でも幾組も野球にバレーにハンドボールと混線もせずに遊んでいる。力いっぱいバットをふってもガラスをわる心配もない。タマ拾いの疲れすぎが玉にキズというところだ。
 どの校庭でも力いっぱい打撃練習ができるから、小学校や中学校の野球でもポンポンよく打ってビックリするほどだ。
 したがって桐生が高校野球では関東きっての名門なのも当然で、小学校から中学校と自然にポンポン打ってきた中から選んで高校一年生のチームをつくっても、それでもう相当なものだ。いつでも平均して強い。平均的なのがいつでもそろっている。つまりドングリ名人の十人十五人に事欠くことがない。ただ一人の名投手が現われればいつでも甲子園へ行けるだけの実力は常にある。ところが一人の名投手がめったに現われてくれないのである。
 もっとも、それは桐生だけの話ではな
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