家族も疎開させたそうだ。こうしておいて五月ごろから不渡手形を乱発しておいて夏の終りに当人も行方をくらましたのである。
不渡手形をつかまされた業者は約百人、一人四、五万から五十万まで、合計千二百万円であったが、Sは小さな個人商店だからそこへ製品をおさめていた被害者も家庭工業的な小さなメーカーが主であった。
デフレだ不景気だという時節には倒産や休業の続出するのが機屋町の例で、中には計画的なのもよくある例だそうだが、それは多くの従業員をかかえて営業をつづけるよりも休業する方が損害が少ないというような場合で、Sのように計画的なのは珍しいそうだ。デフレを利用した犯罪である。被害者にしてみれば「デフレをも活用したか」とかか(呵々)大笑するわけにいかないのは当然で、そこで次のようないっそう珍しい事件が起ったのである。
被害者は告訴しないことを申合わせ、順に数名ずつの当番をSの店に泊まりこませて帰宅を待った。Sはある日の深夜二時にフラリ、店へ姿を現わした。それを捕えた当番の知らせで深夜というのに被害者が参集、隠匿財産を白状しろとつるし上げがはじまったのだ。
夜が明けるとヤジ馬が店の前に雲集した
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