か。
 芸術は長し、人生は短しと言ふ。なるほど人間は死ぬ。然し作品は残る。この時間の長短は然し人生と芸術との価値をはかる物差とはならないものだ。作家にとつて大切なのは言ふまでもなく自分の一生であり人生であつて、作品ではなかつた。芸術などは作家の人生に於いてはたかゞ商品にすぎず、又は遊びにすぎないもので、そこに作者の多くの時間がかけられ、心労苦吟が賭けられ、時には作者の肉をけづり命を奪ふものであつても、作者がそこに没入し得る力となつてゐるものはそれが作者の人生のオモチャであり、他の何物よりも心を充たす遊びであつたといふ外に何物があるのか。そして又、それは「不正なる」取引によりたゞ金を得るための具でもあり、女に惚れたり浮気をしたりするためのモトデを稼ぐ商品であつた。
 余の作品は五十年後に理解せられるであらう。私はそんな言葉を全然信用してゐやしない。かりにアンリベイル先生はたしかにさう思ひこんでゐたにしたところで、芸術は長し人生は短し、そんなマジナヒみたいな文句を鵜呑みにし真にうけてゐるだけで、実生活では全然それを信じてゐないのが人の心といふものである。死んでしまへば人生は終りなのだ。自分
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